国交省が船員法違反で是正命令

竹中 正陽(まさはる)(内航船員)

 昨年12月6日、国土交通省関東運輸局は、船員法65条(労働時間の上限規程)違反等で商船三井クルーズに是正命令を出した。にっぽん丸と本社を船員法第107条で立入検査を実施、記録簿改ざんなど多数の違反が発覚した。 
 新聞報道によれば、本社から船内末端に至るまで、改ざんを指示する作業手順書も発覚したとのこと。
命令に従い、商船三井クルーズは要旨次のような報告書を提出した。

是正命令の内容
①労働時間の上限を遵守すること。
②労務管理記録簿、報酬支払簿及び給与その他の報酬の支払に関する事項を記載した書面について、虚偽記載を行わないこと。
③労務管理記録簿の虚偽記載
の経緯を含めた全容を明らかにするための社内調査を実施すること。
④法令遵守のための改善策を講じること。
⑤命令の日から14日以内に調査結果及び改善策を報告すること。
法令違反の概要
①労働時間の上限(1日14時間及び週72時間)を超えて、船員を労働させていたこと。(船員法第65条の2第3項違反)
②次の法定書類を改ざんしていたこと。
*労務管理記録簿
*報酬支払簿
*給与支払明細書等(給与その他の報酬の支払に関する事項を記載した書面)
(船員法第131条第2号、第131条第5号違反)
③立入検査において虚偽の記
載をした(改ざんされた)労務管理記録簿を提出し、虚偽の陳述を行ったこと。
(船員法第133条第2項第5号違反)
(国交省HP発表の全文)

商船三井クルーズの報告書

1.調査結果の概要
〈労働時間の実態〉

 現在の労働時間管理システムが導入された2015年以降の労働時間データが保管されており、計210名(日本人70名、外国人140名)がにっぽん丸に乗船。そのうち2022年4月1日から翌年11月末日までの調査を実施。
①延べ427名が乗船し、うち304名が一日の労働時間制限(14時間)を超え、381名が週当たり72時間の制限を超えていた。
②労働時間を修正した件数は69344件で、1日平均3・46時間少なく修正。
③ホテルサービス部門の月当たり平均労働時間276~370時間。月間最大労働時間323~442時間。
④月80~100時間の残業が236件、100時間以上が2769件に上った。
〈記録簿改ざんの背景〉
 2005年以降、損益不振を長く経験したため、コスト削減と売上向上のためサービス品質維持を並立させることを優先。その結果乗組員の労働時間を長期化させた。
 法令に即した記録簿を揃えるため、違法とは認識するものの、その場をしのぐ手立てとして、記録簿を改ざんする新システムの構築を経営陣が機関決定して労務検査に利用することとし、船内にも指示した。
 労働時間の法令上限違反を軽視し、それを繕うための労働時間記録を修正する仕組みを使って当局の監査に対応しようとしたことは、経営陣の遵法意識の浅薄さと事業運営上の安易な考え方が根本にあり、これを是とする会社全体の認識となった。
2.改善策
〈船上の労働時間削減のための改善策〉

 総業務量、すなわち必要労働時間を低減させる施策として一人当たりの分担を低減させる施策を講じ、法令を遵守できる労働環境の構築を進める。以下の措置を実行する。
【短期的施策】
〇船上の労務削減につながる運用・サービスの見直し。
○労務シフト計画の策定。
シフト計画策定を現場に任せず、標準モデルシフトを陸上で作成し標準モデルからの乖離を陸上で監視。
【中期的施策】
○追加要員の確保。
○商品造成・配船計画策定プロセスの見直し。乗組員の労務負荷の観点も反映するよう本船責任者も参画。
〈適正な労働時間記録簿の作成と管理の強化〉
 修正可能なシステムの記録機能、および各部門で濃淡や違いがある労働時間管理手法を見直す。
○既存の記録システムの改修。
自己申告だけの現状を正し承認フローを設ける。
○船上での管理体制の強化。
作業計画の作成、労働時間記録の方法、労働実績の確認、各工程における責任者と担当者の明確化等。
○陸上での管理体制の強化。
業務内容を国際安全管理(ISⅯ)陸上マニュアル、職務分掌表に示し、労務状況監視チームを新設。
○新たな労務管理システムの導入。
○船陸間の通信インフラの向上。
〈コンプライアンス遵守のための社内改革〉
(1)ハード面
○陸上での管理体制の強化・属人化の排除。
○コンプライアンス委員会の体制見直し。監査役、外部委員参加による牽制の強化。
○非常勤取締役、監査役の関与強化に向けた検討。外部目線の取り込み、日常的視察により問題を早期検知。
(2)ソフト面
○経営陣の意識改革。
○従業員のトレーニング強化。
○社内のコミュニケーション強化。
○法令違反リスクに関する従業員インタビュー。
(以上、同社HPより抜粋)


働き方改革もどこ吹く風
 同社は「経営陣の遵法意識の不足が根本にあった」と言うが、「不足」というレベルの問題だろうか。
ここには、少なくとも5つの違法行為がある。
①労働時間の法定上限超過。
②記録簿の改ざん。
③本社の給与支払簿の改ざん。
④船員に渡す給与明細書の改
ざん。
⑤国の監査で虚偽の記録簿を提出して嘘の供述。
 小型内航船ではよく聞く話だが、決定的な違いは、経営トップが機関決定し、わざわざ記録簿改ざんのシステムを作り、手順書で末端まで指示していた点だ。
 親会社商船三井によれば、会社組織として「監査時に虚偽の記載をした労務管理記録簿を提出させ、担当者に虚偽の申述をさせた」とのこと。悪質さが際立っている。
同社トップにとって、国が音頭を取る船員働き方改革もどこ吹く風だったのだろう。


多くの疑問点
 報告書は多言を弄(ろう)しているものの、肝心な点が欠けている。
それは、各人が実際に労働した時間を、ありのまま記録簿に記載し報告するという、単純なことだ。この、「事実の記録」という基本精神が失なわれているように見える。そのためダラダラと言い訳が続いている印象だ。
 報告書には、他にも多くの疑問点がある。
①時間外手当支払の有無
 記録簿の改ざんは公表したものの、手当の支払については何も触れていない。改ざんした記録簿を基に手当を少なく支払ったのか。「正しい」記録簿を基に実際に働いた通りの手当を払ったのか、謎である。後者の場合は社内に二重帳簿が存在したことになり、新たな問題が生じかねない。
②調査期間の短さ
 2015年以降のデータがあるにもかかわらず、調査は22年4月以降のわずか1年8カ月分しか行っておらず、時間外手当の時効期間(20年4月以降は3年、それ以前は2年)すら満たしていない。
これでは船員に正しい手当が支払われたのか、分からないはずだ。
③罰金もしくは懲役の有無
 労働時間の上限違反は、船舶所有者を「6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」と規定されている。実際に違反行為を行った従業員も罰金を科せられる。しかし、受けた罰則の内容が何も明らかにされていない。
④外国人船員への支払
 違反の総数は公表したものの、日本人と外国人別の件数を明らかにしていない。
違反が多いホテルサービス部門は外国人船員が大多数を占める。果たして、同社は外国人船員に正当な時間外手当を支払っていたのか。
 また、本件を個々の船員に周知し、過去10年に遡って手当額を再確認できるよう取り計らったのか。
 コンプライアンスを掲げる以上、同社はこれらの点を明らかにすべきだ。


大甘な処分
 1月31日、同社と商船三井は、「このような事態を引き起こしたことは、商船三井クルーズ経営陣の遵法意識の欠如と、事業運営上の安易な考え方が根本にあり、加えて事態を把握して改善を促すべき商船三井がその管理責任を十分に果たし得なかったことによるものと、深く反省しております」として、同社社長に30%の減給3カ月、4名の取締役に減給処分。商船三井会長、社長、取締役3名に10%の減給2カ月の処分を発表した。
 果して、船員がかくも長期にわたり、時間外手当を不正に取得した場合は、どのような処分が科せられるのだろうか。懲戒解雇か、それに準ずる社員身分にかかわる処分が待っているに違いない。
 経営トップが機関決定して全社的に行ったにしては、大甘な処分と言うほかはない。
 なお、にっぽん丸は5年前(18年12月末)の正月クルーズの際、グアム島出港時に米軍桟橋に衝突する事故を起こしている。この時は、出港前に船長と機関長が飲酒し、酒帯び状態だったことから船員法14条の当直基準違反等で国交省から指導された。
 また、同社は昨年8月に社名を商船三井客船から変更したばかりだった。


海員組合の存在
 長期間、全社的に不正が行われていたことは、同社の現場に労働組合が機能していなかったことの現れでもある。
 海員組合はこの事件をどう捉えているのか。
 組合は直ちに、現存する全期間の労働時間データを出させ、本人も交えて賃金支払いの有無をチェックしなければならないはずだ。そして現行の船内委員会・職場委員制度、支部体制に何が足りないのかを明らかにする必要がある。


(2024、3、9)

着岸中のにっぽん丸