最終事故調査報告書から

(元外航船員・柿山 朗)

Ⅰ 最終事故調査報告書
 2023年9月6日、運輸安全委員会海事部会は最終事故調査報告書として次のような議決(要旨)をした。


(1) 事故の原因
① 座礁事故の原因

 本船がモーリシャス島東北東方沖を西南西へ進航中、同島の詳細な海岸線等が記載された海図等が入手されていない中、本船の船長が航海計画を変更し、船長及び一等航海士がスマートフォンの通信に意識を向けた状態で同島南東部の浅所に接近する針路で航行を続けたため、同浅所に乗り揚げたものと考えられる。
 本船の船長が航海計画を変更したのは、スマートフォンの電波を受信する目的でモーリシャス島に接近する針路としたことによるもの。本船がモーリシャス島付近の詳細な海図等を入手していなかったのは、本船の船長が同島への入港予定がなく必要がないと思ったことによるものである。
 本船は、これまでにもスマートフォンの電波を受信する目的で陸岸等への接近を繰り返していたものであり、乗組員全体の安全運航に関する意識が低下し、危険敢行性が高まっていたことが、本事故の発生に関与したものと考えられる。
② 被害(燃料油流出)の原因
 本船は、乗揚後、タグボートの到着までに5日以上の日数を要し、その到着後も海象等の悪化により本船への接舷及びタグラインの結合ができない状況下、船体が海底にたたきつけられたことにより座屈し、燃料油タンク付近の外板に破口を生じたため、同タンクに積載されていた約1000tの燃料油が海上に流出した。モーリシャス島の沿岸を汚染したものと考えられる。
 本船の座屈により生じた破口から燃料油が流出し、油流出による被害が拡大したことについては、モーリシャス島の地域的事情、海象等の悪化及び新型コロナウイルス感染症の隔離措置による影響が関与したもの。


(2) 再発防止策
① 船舶管理会社(長鋪汽船)へ

●乗組員に対し、私的な事由で航路を変更するなど不安全行動を取らないよう、教育及び訓練を繰り返すこと。
●適切な海図等の水路図誌を入手し、安全が十分に確保されるような航海計画を立て、常時適切な見張り及び船位の確認を行い航行安全に務めるよう指導を徹底すること。
●適切な人員で船橋当直が行われるよう指導を徹底すること。
●自社のSMSマニュアルの内容を正確に理解させた上で乗船させること。
●会社と船長の間で、船舶の位置情報を適時に共有する体制を整備すること。
② 運航会社(商船三井)へ
●用船している船舶の航行安全を確保するため、船舶管理会社が実施する安全対策に、積極的に関与する必要がある。
③ 船舶所有者(OKIYOマリタイム・パナマ)へ
●陸上と異なる海上生活の特殊性に鑑み、長期間の国際航海に従事する船舶については、定額課金制でデータ通信が可能な機器の導入を推進することが望ましい。

Ⅱ 最終報告への意見
① 遅い再発防止策の提示

 事故は運輸安全委員会にとって他国領海で発生したFOCの初めてのケースとされるが、再発防止策の提示が余りにも遅い。理由は刑事裁判であるモーリシャスの中級裁判所での判断を待ったからだ。判決の出た4ヶ月後、それをなぞった中間報告を出し、最終報告は更に一年待たなければならなかった。
② 真の原因追及の不在
 関連会社は日本、パナマ、マレーシア。船員の出身国は、インド、スリランカ、フィリピンという複雑さである。関連企業や人種の多彩さは、結果としてそれぞれの責任の分散へとつながった。事故の背景にあるのはFOCゆえに起きた悲劇だが、最終報告書は最も重要なその点には触れていない。これではFOCが減少する筈もない。
③ 労働環境の改善
 報告書の中で唯一、前進と思えるのが、国交大臣に対する意見の部分だ。「陸上と異なる船上生活の特殊性に鑑み、定額課金制でデータ通信が可能な機器の導入などの船上生活における利便性の確保等、船員が働きやすい労働環境に改善するよう関係者に指導していくことが望ましい」。
 WAKASHIO座礁の頃、世界中にコロナ感染が広がっていた。家族との連絡や乗下船情報など、船員にとって通信手段の必要さは切実である。
④ 哀しい船橋での怒鳴りあい
 報告書によると、船はインド人船長の指示で航海計画を変更し、島に接近。船長とスリランカ人一航士がスマホの通信に意識を向けたまま航行を続けたため、浅瀬に乗り上げた。
 報告書では船橋内の音声を記録する装置から得られた船長と一航士らのやりとりを日本語に翻訳して掲載している。
 「信号(携帯電波)は取れたか」などとスマホの通信状況をしきりに気にしていた。
 島に接近後も、スマホに関する雑談を続けていた。陸岸に近いと気付いた船長は「心臓がバクバクする。何ということだ」と声を上げ、座礁が分かると「私のキャリアが吹っ飛んだ」と嘆いた。一航士も「私のキャリアも同じだ」と応じた。

Ⅲ モーリシャスの被害
① 環境被害とタグ転覆事故

 WWF(世界資源保護基金)は、「一度流失した油は細かくなった粒子の状態で、海水や土中に止まり続ける。過去の汚染事故では十数年後までその影響が認められた例がある」という。
 9月1日悪天候の中、重油の回収作業にあたっていたタグボートが転覆し、作業員3名が死亡、1名が行方不明になった。この犠牲を忘れてはならない。
② WWFジャパンの要望書
 WWFジャパンは商船三井に対して「生態系長期モニタリングを行うこと。人為的な介入による回復手法は、モニタリングの結果に基づき、行うこと。情報公開を、継続的かつ積極的におこなうこと。生計に影響を受けているコミュニティに対し、積極的に支援を行うこと」。以上4点の要望を出した。
 商船三井は「自然環境回復基金」を設立し、10億円を拠出したが、先の4項目の要望に対してはどのような対応をしたか、調べる限りでは不明である。

Ⅳ FOC船員の戦死
 便宜置籍船とは「自国の船籍ではなく、乗組員の国籍規制がなく、税制メリットがある国に登録した外国船。船社にとって大きなメリットは乗組員の国籍条項の緩和」と定義される。(商船三井・HP用語集より)
 3月6日午前、アデン湾でフーシ派のミサイル攻撃が貨物船「トルーコンフィデンス」に命中し、3名の乗組員が死亡した。
 今回の中東の戦争での船員の犠牲者は初めてである。船籍はカリブ海の小さな島国、バルバドス。ITFより便宜置籍国の指定を受けている国のひとつだ。
フーシ派は実質的な船主国は米国と主張するが定かではない。
死んだのはフィリピン人船員2名とベトナム人船員1名。彼らが中東戦争でイスラエルを支持している筈もない。FOC船員の生命の軽さに強い怒りと悲しみを感じている。
(2024、3、10)