羅針盤編集部
前号で2022年4月に法改正された内容(船員の労務管理の適正化、内航海運の取引環境の改善・生産性向上)の問題点として5つ挙げた。
Ⅰ 2022年改正内容の問題点
1.手取り総額契約の実態無視
2.記録簿と時間外手当の連動ナシ
3.労働時間の範囲が不明確
4.日本初の軽減勤務制度
5.船員の声を聞く機会の喪失
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6.荷主・オペ・船主の力関係の存在
オペレーターに過重労働防止策を義務付け、荷主にも「配慮義務」を課す方向性は一歩前進として歓迎する。
しかし、現状は、荷主→オペ→船主の力関係が頑として存在し、オペに運航スケジュールの変更を要求できる船主は稀だ。定期航路での運航スケジュールの緩和は契約解除に直結する。
不定期船でも、弱小船主は「オペに切られたら終わり」の会社が数多く存在する。
とりわけ内航の大部分を占める小型内航船は、運航計画に関するオペの要請は絶対とされ、シケを理由に指示に逆らった船長が下船させられた話はよく聞く。船長は、気象海象を睨みながら、乗組員とオペとの狭間で苦労しているのが実態だ。
まして、月の航海数に応じて用船料が増減する船では、スケジュールの緩和は即収入減につながる。乗組員が過労や健康不良に陥り、オペが運航計画を変更せざるを得なくなった場合は、そのような事態を招いたということで、当該船員に圧力が掛かり、辞めて行かざるを得なくなることを危惧する。
荷主とオペレーターの関係も同様で、オペにとって、荷主の要請に答えることは至上命題で、力関係の差は歴然としている。
この問題は運賃・用船料を左右する構造上の問題として、長きにわたり海運関係者の間で論じられて来たが一向に解決されていない。
この様な現状で法改正を実効あるものにするためには、個々の船員に不利益が生じないようにする保護策が必要だ。
就業規則や労働協約での船員を守る規定、荷主・オペ・船主のそれぞれに対する罰則規定。三者間の力関係を凌駕するような運輸行政、労務監理官のフォロー体制等が伴わなければ船員に圧力が掛かり、逆効果になりかねない。
そして、船員に関する法改正だけでなく、適正な運賃・用船料の収受を可能とする法体系全体の改正が是非とも必要だ。
Ⅱ 2023年4月改正の内容
健康状態把握による軽減勤務制度の導入を義務付け
1.船員が常時50人以上の会社
会社は産業医を選任して年1回の船内巡視や健康相談、ストレスチェックをさせ、 その意見により船員の健康障害を防止するため、2022年改正で長時間労働・健康不良があった場合に義務付けられたのと同様の軽減勤務措置(①労働時間の短縮、②休日又は有給休暇の付与、③乗り組む船舶の変更、④勤務時間の変更、⑤作業の転換、⑥乗下船の時期の変更、⑦研修の実施など)を取る義務を負う。
2.全ての会社に対して
全船員の健康検査結果を把握し、異常がある場合は医師の意見を聞いて、前1と同様に①~⑦の措置を取る義務を負う。
Ⅱの問題点
1. 産業医の数や適性の問題
従業員50人以上に産業医の選任を義務付ける陸上同様の制度を導入することは良い方向と歓迎する。しかし、陸上では既に多くの問題が指摘されている。
医師会認定産業医の不足や医師の偏在で選任したくてもできない。脳・心臓疾患やメンタルヘルスなどに対応できる産業医の不足。産業医は会社と契約するため会社寄りの姿勢に陥り易く、本心を明かすことを嫌う労働者がいる。一部の産業医は労災申請に後ろ向きである。法律を満たすための形式的な実施になりがちである等々。
これらの弊害をなくすためには、船員労働を熟知し、公平中立に診断できる海上産業医制度が求められる。例えば、地方運輸局が推薦し、その地方の船主が船員数に応じて出資して選任した産業医が各船を巡回する。そのような仕組みがなければ、なかなか効果的な制度にはならない。
産業医が実際に訪船せず、オンラインや動画による巡視を認めるという国交省の今の方針では、益々効果はおぼつかない。
2.全船員の健康検査について
国交省の説明がはっきりしないが、船員手帳の健康証明印とは別の書式での医師による健康検査診断書の提出が、従業員50人以下の会社の船員にも義務付けられるようである。
また、船員手帳の証明で「海上勤務に問題ナシ」であっても、健康検査結果で「異常あり」や「要再検査」の場合、会社は医師の意見を聞かなければならないとされ、会社が意見を聞く医師は実際に船員を診断した医師でなくても構わないとのこと。
船員の場合、会社所在地と異なり地元で健診を受ける例が多いため、このようなことが想定されるのだろうが、実際に診断していない医師の意見を基に下船や配置転換させることに問題はないのだろうか。
制度設計が手探りに感じられ、現場に混乱を生じかねない。
3.軽減勤務措置を取れる船主がどれだけいるか
ここでも問題なのは、前ページ下段に記した①~⑦の軽減勤務を実行できる余裕のある会社がどれだけあるかということだ。
労働時間や乗船期間の短縮、作業転換(=軽作業職種への変更)などの軽減勤務をさせるためには、予備員に余裕がなければならない。定員も増やさなければならない。
内航で最も多い499の小型船は定員5人、多い船で6人が普通だ。予備員もギリギリで、病人や退職者が出た場合は派遣会社に頼んでやりくりしているのが実態だ。ましてや船員不足で、募集しても人が集まらない現状。どれだけの船主が軽減勤務を実施できるというのか。
十分に人を雇える余裕のある会社でない限り、不可能なことは目に見えている。中小船主がやっていける用船料を確保できる法律の制定がなければ、「軽減勤務が必要な人は辞めてもらう」と言うことになりかねない。
日本初の産業別軽減勤務制度の試みであるだけに、絵にかいた餅にならないよう、法体系の整備を進めて貰いたい。
(続く)
国交省が働き方改革で鶴見サンマリンに安全確保命令
1月25日、国交省は内航最大手の鶴見サンマリンに内航海運業法違反で命令を出した。
同社が運航する大四マリン第二鶴玉丸(3767GT、白油6000㎘積み、乗員12名)で複数の船員が数回船員法の労働時間上限(1日14時間、週72時間)を超えたにもかかわらず、過労防止措置を取らなかった。昨年4月と7月に両社を立入検査の結果判明したという。
※船主の大四マリンの意見を十分に配慮した上で、船員法で定めた船員の労働時間の上限を超えることのないよう、運航計画を作成すること
※運航計画の作成に際しては、船舶所有者に対し、書面やメール等により船員の労働時間の確認を行う。双方の書面やメール等の内容は記録に残すこと
※前項目について2023年3月11日まで文書で報告すること