労災訴訟と補償請求が分離されて再開 (編集部)

1.労災訴訟

東京地裁に移管される
 1954年のアメリカによるビキニ水爆実験で被災した船員と遺族が、労災認定と国による補償を求めて2020年3月高知地裁に提訴した裁判は同年7月に第1回弁論が開かれた後中断していた。
 被告である国・健保協会側が、2つの裁判は別物なので分離した上で、裁判は東京で行うよう裁判所に請求するという分断策に出たからだ。年老いた原告にとって遠方でより過酷なことになる(本誌34号)。
 その是非を巡り論戦が続いた後の昨年9月、裁判所は国側の主張を認め、2つの裁判を切り離して、労災訴訟を東京地裁に移管し、補償請求裁判は引き続き高知とする決定を出した。

東京地裁の審理始まる

〇7月26日第1回公開弁論 
 提訴から2年以上過ぎた今年7月26日、労災訴訟の第1回弁論が東京地裁で開かれた。
 原告側は、ビキニ事件をきっかけに原水爆禁止運動、被爆者運動が誕生し、被災者救済の道が開かれたにもかかわらず、日米政府の政治決着等によりビキニ被災船員が放置されてきたこと、2014年の厚労省による被爆データの情報開示により、原告らは船員保険の職務上補償を受けられることを知ったこと等の経緯を陳述した。
 一方国側は、原告に対して被爆と病気や死亡の因果関係を明確にするように求めていたが、まず国側が労災申請を棄却した理由を明らかにすることになった。原告の要求を裁判官が認めたことによる

〇10月25日進行協議(非公開)
 国側は9月30日付けで労災申請を棄却した理由書面を提出した。その内容は、協会健保が厚生労働省の援助で設置した「船員保険における放射線等に関する有識者会議」による報告書(ビキニ環礁水爆実験による元被保険者の被ばく線量評価に関する報告書。平成29年12月版、令和元年9月版)の丸写しであった。
 この報告書は、水爆実験当時のアメリカの粗雑なデータを元に、放射性降下物による外部被ばく線量、吸入及び経口摂取による内部被ばく線量を計算し、線量の合計が放射線の晩発性障害を発症させる100mSv(しきい値線量)に達しないので、発病の起因性はないというもの。元々のデータの問題、しきい値線量の考え方、内部被ばくの影響の評価の仕方など、根本的な問題が多数存在していた。
 原告側は次回までに反論書面を提出することとなった。

〇次回第2回口頭弁論(公開) 
12月27日(火)13時30分 東京地裁419号法廷

2.補償請求裁判(高知)

日米政治決着により失わされた権利の回復
 一方、国の補償を求める裁判も高知地裁で再開された。
 この裁判は、日米政府が早期に政治決着してしまったため、アメリカに対する請求権を失わされた原告らが、憲法29条に基づく「正当な補償」を求めたもの。原告らは、2014年に厚生労働省が被災当時の被爆データを情報開示したことを聞いて初めて、自からが補償を求める権利を有していることを知ったので、時効は適用されない。
 当時も水爆実験は国際法違反だったので、被災した約1000隻、1万人以上の船員はアメリカ政府に対して補償請求することができた。
 しかし、実験の翌1955年1月、突如日本政府はアメリカとの間で200万ドルの「見舞金」支払いで政治決着。200万ドルは汚染により廃棄したマグロに対する対価とされ、マグロ漁船92隻に分配されたのみで、原告ら被災船員への補償は行われなかった。政治決着によりアメリカに対する訴訟ができなくなったので、憲法29条に基づく「正当な補償」を国に求めたのがこの裁判である。

(注)憲法29条 財産権は、これを侵してはならない。
    財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
    私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

(注)政治決着
 当時この事件は未だ広島・長崎の原爆被害に冷めやらぬ国民に衝撃を与え対米感情は悪化の一途を辿っていた。
 事件の処理に奔走するアリソン駐日大使に対し、1954年の年末、当時の重光葵外務大臣(禁固7年のA級戦犯)は「戦犯の解放と仮釈放」と引き換えに、「見舞金200万ドル」を持ち掛け政治決着したのだった。(2018年10月、外務省の情報開示により、アリソンに提示した英文の重光メモが明らかにされた)
 以後、アメリカは日本の戦争犯罪を追及せず、日本政府もそれ以上アメリカの責任を追及しないこととし、ビキニ事件の幕引きを図った。この結果、アメリカの対日政策は変更され、直後に保守合同による自由民主党が誕生して、いわゆる55年体制が成立、日米安保条約改定に向かうこととなる。

高知地裁の審理が再開

〇6月17日、非公開証人尋問
 高知地裁は、高齢で病弱である原告の証言を先に行うことを認め、今年6月17日、双方の弁護士と共に土佐清水市中央公民館に出向いて非公開の証人尋問を行った。4人の元漁船員が証言し、港に着いたとき船体に灰が付いていた状況、マグロの被爆線量を調べられ、捨てるように言われたこと、船倉の下の方は大丈夫だったが、上の方のマグロは線量の数値が高かったこと等を語ったとのこと。
 国側の弁護士からの反対尋問では、「いつ被災したことを認識したか」、「当時操業中に、被災について他の船と連絡を取り合っていたか」、「いつ水爆実験のことを知ったか」、「実験当時、何をどこまで見たのか」、「入院したのはいつか」、等の質問を受けたとのこと。

〇9月2日、第2回公開弁論
 9月2日、2年ぶりに公開の法廷が開かれ、被告・国側の主張に対し、原告側が反論した。

【原告の主張①】
 国側が「原告の損害賠償請求権は私有財産に該当しない」と主張したことに対して、「日米合意で行使することができなくなった損害賠償請求権は、単純な金銭債権であり、『私有財産』に当たる」、それゆえ損失補償の対象となると反論した。

【原告の主張②】
 国側は、仮に米国に対する損害賠償請求権を行使できなくなったとしても、日米政府間の合意は憲法29条3項の「公共のために用いる」には該当しないと主張する。
 これに対し原告は、「本件被災船員らは、何らの補償もされず米国への損害賠償請求もできないという特別の犠牲を強いられた。このような場合、国全体で負担して保護することが公平性の理念に合致すると反論した。

【原告の主張③】
 国側は、改正前民法724条を類推適用して、55年の「日米合意」から20年の除斥期間を過ぎているため、損失補償請求はできないと主張する。
 これに対し原告は、「国は日米合意を行い、被ばく船員の追跡調査や健康診断等を一切行わなかった。そのような国が除斥期間を主張することは信義則違反・権利の乱用だと反論。
 さらに、「除斥期間を適用するとしても、起算点は厚労省がビキニ事件の情報を開示した2014年にすべきだ。なぜなら、それまで元漁船員らは被爆に係る情報を全く知らされていなかったからだ」と主張した。

【原告の主張④】
 当時国は実験海域を「危険区域」と周知していたと主張する。
 これに対し原告は、「国側が主張する『周知』は官報での告示にすぎず、理由も『兵器の実験』と極めて抽象的であり、水爆実験であることが全く明らかにされていなかった」と反論した。

〇次回第3回口頭弁論(公開)
12月16日(金)14時から 高知地裁

○支援する会連絡先
太平洋核被災支援センター
高知県宿毛市山奈町芳奈2770の2、電話FAX:0880・66・1763、HPあり

(編集部)

クラウドファンディングご協力のお願い  https://readyfor.jp/projects/Bikini1954
目標500万円(裁判費用は1000万円必要)11月30日終了