出席者 赤木一馬(外航船長)
飯島雄二(元ITF東京事務所所長)
柿山 朗 (元外航船長・パイロット)
高橋二朗(元外航船長・海事補佐人)
竹中正陽(外内航機関長)
吉川次郎(元組合執行部)
事故の一報を聞いて
司会:初めに、事故の一報を聞いて、皆さんの感想を。
「事故の直接原因は単純」
高橋: 私は、座礁の原因は単純だと思う。
報道の衛星の位置情報によると、少なくとも4日前からモーリシャスの島に向け針路243度、速力11ノットほどでまっすぐ向かっていた航跡が残っている。他の船はモーリシャスからずっと沖の10マイルから20マイル離れて航行している。コースの入力を間違ったという報道もあるが、入力を間違っていようがいまいが、日没後でもレーダーを使用していれば座礁の直前ではなくとも島は画面で針路の右手に見える。座礁を避けるのに左に舵を切るだけだ。
航海機器や主機に異常があったとの報道は全くないことから、スマホを見ていたかどうかは分からないが、レーダーや目視などの見張りを怠り、当直体制が不適切だったことは確かだ。
大洋航海中に乗組員が誕生日パーティーで談笑するのは何ら問題なく、誕生パーティー自体への批判もあるようだが事故とは本質的に無関係だと思う。
一方、座礁の3時間ほど前に島から離れようと針路を左に向けた航跡があって、その後座礁までずっと同じコースを取っている。おそらく一航士の当直になって、余り島に近づき過ぎるので、まずいと思って左に舵を切ったのでしょう。だからその時点では島を意識している。もっと変針しても良さそうだが、あまり島から離れたくないという気持ちの表れのように感じる。
座礁時の天気は南西の強い風が吹いてウネリが6mもあって島に流され易かった。そういうところで入港もしないのに島から1マイルもないところを20万トンの船で走るというのは、私の常識では考えられない。
しかし、入港もしない島に異常接近した理由を考えると、乗組員がスマホを使えるように船長が意図的に接近した以外に考えられない。そうであればモーリシャス官警からの注意・警告に一切応答しなかったという報道も納得できる。
WAKASHIO事故経過
2007年竣工 20万DW、300m
2020年7月4日:中国の連雲港をシンガポール経由ブラジル向け空荷で出航
16日:ITFが船員交代危機の声明
25日:現地時間19時25分にモーリシャス南東0・9マイル沖で座礁(この間タグ等で離礁作業を試みるも荒天で難航。機関室底部が損傷し浸水。乗組員全員下船、隔離)
8月3日:モーリシャス政府が公表
6日:燃料タンクに亀裂が入り、重油1000トン余りが流出
7日:モーリシャス首相が環境緊急事態宣言、フランス等に支援を求める。地元住民が手作業による油除去開始。仏誌ルモンドが事故を報道。商船三井と長鋪汽船がHPで発表
8日:油抜取り船による作業開始
9日:長鋪汽船と商船三井が商船三井本社で共同記者会見
10日:フランス海軍が重油処理設備を搬送し作業開始。日本政府の緊急援助隊6人が出発(23日帰国)
11日:現場近くの学校は揮発臭で全校休校。長鋪汽船2名、商船三井6名の社員が出発
12日:燃料油抜き取り終了。モーリシャス政府が長鋪へ損害賠償請求
13日:「インターネットに接続するため島に近づいた」等の報道。長鋪汽船が「損害賠償は法に基づき誠意を持って対応する」と発表
15日:船体が二つに折損
16日:インド政府が警備隊を派遣し重油処理開始
18日:インド人船長とスリランカ人一等航海士が逮捕される
19日:前部船体を離礁し曳航開始。日本政府の国際緊急援助二次隊出発(翌月13日帰国)
21日:船体に穴を開け沈没させる作業開始、24日沈没。ITFが事故への見解と船員逮捕へ抗議発表
29日:首都ポートルイスで政府の対応をめぐり7・5万人が抗議デモ
31日:荒天下でタグボートとはしけが衝突・沈没、作業員3名が死亡
9月2日:日本政府の三次援助隊出発(20日帰国)
7日:パナマ海運当局が調査の一報を発表。「船長の指示で、家族との電話やインターネット信号を求めて島に近づいたようだ」「不適切な海図を誤った尺度で使った可能性」
11日:商船三井が現地への10億円規模の支援策を発表し記者会見
18日:運輸安全員会6名が現地調査のため出発
「流されたと見るのが自然」
柿山:事故原因については、臆断は許されず、モーリシャス当局の発表を待つしかないが、船橋は他船や浅瀬を避けたりする操船の場所であり、同時に船内のアラームの集中監視室でもある。舵、オートパイロットの故障だって有り得る。昼夜を問わず、航海中は必ず誰かいるのが船橋で、船橋が無人だったとはいくら何でも考えられない。
船体のわりに機関の馬力が小さいのがこうしたバルカーの特徴で、インド洋のうねりの大きなこの時季、5度程度のあて舵では済まず、船速は落ちているから、油断している間にどんどん浅いほうへ船がもっていかれた、と見るのが自然ではないか。
私はモーリシャスの首都ポートルイス港へ2度寄ったことがある。いずれも急病人を下すため。てっきりアフリカ系黒人の国と思いこんでいたが、乗り込んできた代理店がインド人で、人口の7割がインド系、半分はヒンドゥー教徒の国と聞かされた。従って、インド人船長に同情的な事故原因が示されても不思議ではないと思う。
「FOC制度がもたらす悲劇」
吉川:今回の事故で真っ先に想うのはFOC(便宜置籍船)制度の問題だ。事故の直接的な原因は、今指摘のあった事実が重なって起きたのだろうが、仮にこの船が通常の日本籍船で、経験のある日本人船員が全員乗っていれば、こんな事故は絶対起きなかったはずだ。
単純な原因による事故でも、オイル被害を伴う海難事故は社会的反響も被害も極めて大きい。日本フラッグの船でもなく、日本人船員が乗っている訳でもないのに、日本の船だと言われて現地の日本人も肩身の狭い思いをする。まさにFOC制度がもたらす悲劇の一側面だ。
常々思っているけど、外航海運を席巻しているFOCは、核兵器みたいなものだ。世界海運業の大半を占めるに至ったFOC船が、再び真正なる旗国へ戻ることはあり得ないと絶望的に見えるが、安易で安価なコストで船員を使う究極の手段としてのFOC制度は、海運・船員社会の健全な発展にとっても極めてマイナスでしかない。この悪しき制度は廃止されるべきだ。
あの核兵器ですら人類と共存できない兵器として、廃絶のための禁止条約が国連で採択され、あと数か国の賛同で発効する段階まで来て、米国をはじめとする核保有国を追い詰めている。FOC制度も、同様に国際的合意で廃止は可能だ。
今回のコロナ禍による船員の危機に対するITF(国際運輸労連)の声明、WAKASHIO(以下、WA号)の船長逮捕に関するステートメントを支持するが、本来であれば、船籍国(旗国)の責任をもっと強く主張すべきだし、FOC制度下に置かれる海運界船員界の現状をITFはもっと掘り下げて厳しく追及すべきだと思う。この点不足している感は否めない。
「船員への的外れな批判を正せ」
赤木:まだ事故当時の状況がはっきりしてないので、何とも言えないですけど、パーティーがいかにも悪いようなことがよく書かれていておかしいと思う。それは関係ないことだ。
船長が居室にいなかったということも、別に船長が居室にいなければいけないわけではない。そういう的外れな批判が出ている。陸上の人からすれば、そう思うのかもしれないが、そこの部分は海技者がちゃんと修正していかなければいけないと思う。
ただ、やはり島に近づいた本当の理由、インターネットだったのか、そうではなかったのか。そこをはっきりしないことには、事故に対する見方が全然変わってくる。もしかしたらジャイロコンパスが壊れていたとかズレていたとか、色々あるかも知れない。今出ている情報は断片的だし、パナマ政府の発表も推定の域を出ていない。
海図もECDIS(電子チャート)だったのか紙チャートだったのか。電子チャートの場合、ちゃんと改補されていたのか。適切な縮尺で表示されていたのかという問題もある。あとブリッジで仮にオフィサーがいたとしても、浅瀬に近づいている認識があったのかどうか。あっても、ただ漫然と位置の確認だけしていたのか。
後は過去にもこの近くを通っていたのではないかという疑問。よくフィリピン人同士が無線で連絡し合っているが、この辺だったら電波が入るよという情報を貰ってそっちに行ったのか。もしくは乗組員が過去にここを通ったことがあるので行ったのかもしれない。まずは近づいた原因、そして彼らの技術的な力量、そういうのがある程度はっきりしないと、どうやったら防げるのかというのも出てこないのではないか。
ただ事故は事故としてこういうことがあった以上、それは海技者としての技術力が足りない。我々日本人が言っている船員の常務、それが足りないのじゃないかというのがこの問題の根本の原因ではないかと思う。仮に島に近づいたとしても、船の動きを細かくチェックしてこれ以上近づいたら危ないと分かったら事故を防げたかもしれない。いずれにしろ、今の段階の限られた情報で、さあどうだというのはまだ難しいと思います。
原因を究明するにしてももう少しはっきりしたことが分からないことには。今はあくまでポロポロと断片的に入ってくる情報から判断しているわけですから。ただ注意しなければいけないのは、マスコミで流れている的外れな批判。そこはなんとか直していかなければいけない。
「政府と商船三井の当事者意識の欠如」
竹中: 最初に感じたのは、座礁から10日以上経っているのに、何も報道がなかったこと。座礁自体を隠そうとしていたのではないか?と奇異に感じた。
それと商船三井と長鋪の共同記者会見。船主の長鋪が謝るのは当然としても、気になったのは商船三井の態度。船主と「協力して」とか、援助者みたいな立場を崩さなかった。後々の法的問題を考えてか、斜めに構えていて無責任さを感じた。日本政府の発表もモーリシャスを援助するみたいな言い方だった。モーリシャスの国民が見たら、「違うだろ、油をこぼしたのはお前らではないか。こっちは、人海戦術で苦労してやっているんだ」と怒るはずだ。当事者意識が欠けていると感じた。
それが対応の遅さにも現れているように思う。座礁の時点で大使館からすぐ報告が来ただろうから、会社の役員や政府高官がすぐ現地に行くべきではなかったか。フランスに比べ日本の初動がいかにも遅い。援助隊派遣も遅いし、報道を見る限り現地の状況を報告する程度で、事故処理の先頭に立っているようには見えない。小泉環境大臣も最大限援助などと言うだけでなく、日本側責任者としてすぐ現地入りすべきではなかったか。
旗国はパナマでも、実態は日本の船ということが世界中に知れ渡っているのだから。そういう態度が、事故当初からずっと流れているように思う。
確かに法的責任は一義的に船主にあるのは間違いない。商船三井や政府の言うことはその通りかもしれないが、しかしそれは狭い責任であって、国際的に見たら日本がやったということ。商船三井のファンネルマークを掲げた船がやったということだ。
社員数7名とも17名とも言われる長鋪が、独自に船員を集めて教育し、日々船の管理や指示を与えていたのか。商船三井がそこにどれだけ関わっていたのか。それらが何も明らかにされていない。関わり方次第で商船三井の責任はもっと重くなる。
記者会見で商船三井は、用船者として「何処何処へ行ってくれと、お願いや指示をしている」と言っていたが、パッセージプラン(航海計画)も日々の報告も用船者に出す。用船者の言うことは絶対命令で、「お願い」なんていうことは有り得ない。事故の当事者として用船者の責任も問われるはずだ。
「便宜置籍船への認識の変化」
飯島:この広いインド洋にある島でなぜ座礁したのか。日本人船員だったらこんなことは絶対にありえない、というのが私の第一印象です。
二つ目は、NHKも民放もパナマ籍船であるにも関わらず「日本の船」という言い方をしている。以前だったらパナマ籍だから日本は関係ないというニュアンスだったけど、今は完全に「日本の船」という言い方。それにパナマに対する責任追求がほとんどない。「便宜置籍船は、旗国が責任を取らない船」ということが共通認識になっている。
三つ目は、日本政府の対応が非常に無責任ということ。即反応したのはフランス政府だが、日本政府は、海運政策として仕組船を認めており、事故に大きな責任があるにも関わらず、いかにも他人事だ。赤羽国交大臣が記者会見で質問されて初めて答えたのが8月11日、小泉環境大臣が15日、菅官房長官が9月2日で、日本政府は関係ないという意識しか感じられない。しかし、国際的には、重大事故として日本の責任が問われている。
もう一つ、すぐ近くの自衛艦「きりさめ」に200人、ジブチの基地に60人の自衛官がいる。派遣の名目は「日本関係船舶の安全」で、「わかしお」は、まさに日本関係船舶。法律上の派遣目的が海難事故とは異なるにしても、「モーリシャスとの関係で大変なことになっているからすぐ行け」と政府が命令すれば2~3日で着くはずだ。油の回収や環境調査等、やることはたくさんある。
それから、コロナで世界中の船員が交代できない状況下で、ITFが7月16日に「深刻な海難事故が発生する可能性が日々高まっている。海洋環境が損なわれるリスクを懸念している」と宣言したわずか9日後に、懸念した通りの事故が起こった。
これは本当に船員だけの責任なのか。コロナの状況を知りたい、あるいは家族とのコミュニケーションのため島に近寄ったとすれば、乗組員を船内に閉じ込めるような状況に追い込んだ会社の責任、船員の乗下船を許可しなかった各国政府の責任が問われるべきではないのか。
ITF声明は旗国の責任も問いかけているが、便宜置籍船の旗国は責任を取らないというのが世界共通の理解になりつつあるのだから、関係各国のFOC政策を根本的に改めようという国際世論を巻き起こしていく必要がある。一朝一夕にはいかないにしても、少なくとも船内で家族とコミュニケーションがとれる設備についてIMO(国際海事機関)やILOで論議し、国際条約に強制要件として組み入れる必要があるのではないか。それをITFにしっかりと取り組んで貰いたい。
事故の直接の原因は
司会:まず事故の直接原因について。
飯島:航跡図を見ると、座礁の4日前の21日に右に大きく変針してモーリシャスに向けている。そして、そのまま進んでしまった。これは間違いないでしょう。
高橋:問題はその理由。私は携帯の電波を受信しようと意図的に曲げたのだと思う。入力を間違えて誰も気づかず、そのまま座礁したとしたら、なお深刻だ。
竹中:共同記者会見で商船三井の常務が、「航海計画では島から20マイル以上離れる計画だった。
悪天候による強い風や波で北方へ押し流された可能性がある」と言っていたが、当初のコースを変更してから座礁するまで4日間もあった。この間に何らかの注意喚起をしていれば事故は防げたのではないか。
また、800隻の船を全部チェックすることは出来ないとも言っているが、毎日送っているヌーン・レポートや、AIS(自動船舶識別装置)等を通じて、船主や用船者はチェックしないのでしょうか。
赤木:ある外航大手の場合は、大きな世界地図があって、天気図も入っている。そこに船の航海計画の線が出せて、実際に通ってきた道筋も表示されるようになっている。だから、航海計画と実際の位置のズレを、同じようなのを使っていれば見ることができる。
高橋:出港前の航海計画ではモーリシャスに近寄る計画は出ていないとのこと。航海計画は船主にも行くけど、用船者はもちろん持っているわけで、陸上で管理する人がちゃんと見てればわかるわけでしょ。毎日のヌーン報告も、もちろんしているはずで、担当者は航海計画と実際の航跡の違いをチェックしていなかったのか?責任またはシステムに問題があるのかな。
赤木:今はAISの他にも、インマルのコーリングによって、一定の時間毎に位置とコースとスピードがポーンと飛んでいくようになっている。ただ、データはPCに自動的に入っても警報が出る訳ではないので、あくまで人が見ないと分からない。
竹中:今はしっかり陸でチェックされていると思っていたけど、会社のマニュアルは毎日昼にチェックするようになっていないのだろうか?陸勤の経験から、実際問題としてどうですか?
赤木:いや、全部の船なんて見ていないです。監督だって見ない人がいるんですよ。マニュアルも多分そういう風にはなっていない。本当は見なければいけないんでしょうけど、24時間付きっ切りで監視しなければならなくなってしまうし、忙しくて見ていられないというのが正直なところです。ただ監視するシステムは持っているので、見ようと思えば見ることができる。
後は、気象担当になった際に、例えば、ここに大きな低気圧ができて台風に発達しそうだと。その時は関係ありそうな船舶をチェックするぐらいです。これが社船だったら見ていると思いますけど。
高橋:針路変更があり、陸からの監視もなかった。だとしてもまだ事故は避けられたはずだ。航跡図によれば、座礁の3時間前、30マイル位手前で、島から離れるように左に5度位曲げている。誰が、何故そうしたのかは、まだ報道されていないので分からないが、島を意識していることは確かだ。
問題はその先で、ネットの航跡図によるとこの辺りは島から1マイルで水深100m、島から0・3マイルでも水深50mと、非常に深い。それに安心してそのまま漫然と進んでしまったのではないか。
竹中:座礁した以上、水深は20m以下ということになる。本船の電子チャートにちゃんと水深20m以下と出ていたのかどうか。チャート上は水深50m以上あったという可能性は?
赤木:GPSはあるし、当直していれば自分の位置は必ずわかる。ただ水深は、電子チャートを拡大すれば出てくるけども、その場所の正規で最新のセル(地域毎のデータファイル)を持っていたのかどうか。モーリシャスは通過するだけで入港するわけではないので、小縮尺だけ持っていて、ハーバーチャートである大縮尺を持っていなかった可能性もある。
高橋:仮に裁判になれば、チャートの不備という主張が出てくるかもしれない。だとしても、普通の航海士であれば島のそんな近くを通らない。この時期は波高が6m、南西の風が吹いてうねりもあるので島に流されやすい。島から0・9マイルと言えば目の前だ。そういう所を20万トンの船で走るというのは、船乗りの常識として考えられない。私の経験ではありえない。
そういう所を通ることが妥当かどうかという話で、妥当じゃないに決まっている。いずれにしろ、こんなに近くを通らなければよかったというだけの話だ。
赤木:レーダーで距離を測って、島からこれだけ離れていれば、水深50メートル以上あるし、GPSでコースメイドグッド(実際の針路)、これだけの進路で進んでいるから大丈夫なんじゃないかと甘く考えたのかもしれない。これは私の仮説ですけど、座礁の3時間前に左に5度曲げたというのも、その程度で進めば、充分クリアになるだろうと考えたのではないか。
高橋:私もそう思う。だから事故の直接の原因は単純だと思う。そういう甘い考えだったか、ブリッジにいなかったか。いたとしても他に気を取られて漫然としていたか。
赤木:ただ、座礁した時に一航士のワッチだったのか。もしかしたらサードオフィサーだった可能性もある。モーリシャスが仕向地ではないので、現地時間と船内時間が必ずしも一緒とは限らない。ズレていた可能性もある。
高橋:座礁は現地時間の19時25分。船内時間と合っていなかった可能性もあるが、一航士が逮捕されたということは、一航士ワッチだったのでしょう。3時間前は16時半頃だから、一航士ワッチになって、このままでは島にのし上げるということで左に曲げたのだろう。
わずか5度程度というのが、いかにも少なく、島伝いに走りたかったことを物語っている。座礁の4日前に進路を右に切って島に向けたことと符合する。問題はその理由。それが分かれば解決策が出てくる。
インターネットの問題
司会:ネットの電波を拾うため近寄ったという報道については?
高橋:今はコロナで、どの乗組員も家族のことを心配し、航海中でも連絡したいと思っている。そういう時、船長はスマホが使えるようにと配慮して船をまとめていく。そういう状況で陸に近づきたいと思うのは船長として当然あり得る話だ。
この点、商船三井の常務が、『用船、仕組み船関係なく全船に対し、「危険なところには近付かない」という基本を改めてリマインドする。それを記したサーキュラーを発信する』と記者会見で述べたが、この発言はズレている。事情を分からず、ただ島に近づくなと言っているだけのようで、乗組員の切実な現実を知らないとしたら大変残念なことだ。
赤木:私が船長をした船は、全船船内WiFiがついていた。WiFiには二種類あって、一つは24時間常時接続でも費用は一緒。他方は一カ月の契約ギガバイト数を超えると、べらぼうに遅くなる。この場合契約量を超えないよう船で接続の制限をする。なので、どれを設備しているかによって変わってくる。
高橋:調べてみたら設備投資120~160万円でできるようだ。ランニングコストは、毎月もちろんかかるけど。今時、世界中の殆どの人が日常的にスマホを使っているのに、コロナ流行のなかで船員だけが航海中にスマホを使える環境がない。今後、WiFi設備が福利厚生として法的に義務化されれば、一番良いのだけど。
赤木:MLC(海事労働条約)2006のB項目でしたっけ。Aが強制、Bは努力規定だから、日本の会社の船でもつけていないところがある。だからフィリピン人は、船内WiFiの無い船に乗るのを嫌がっていた。
商船三井の記者会見は模範解答で日本の船会社の役員は必ずこのように言うと思う。当たり前のことを言っているにすぎず、このように言ったとしても効果はないと思う。既に言っていることの繰り返しなので。
柿山:誕生パーティーとWiFiが早い時期から取り沙汰されているのが不思議に思った。仕事柄、インド人船長とフィリピン人船員の組み合わせの船によく行くが、関係がしっくりいってないのが普通だ。クルーの誕生パーティーを一緒に祝い、温情的に携帯電波が繋がるよう便宜を図ってやったとは考えられない。インド人船長は臆病なくらい慎重なのが特徴だ。危険を冒してまで浅瀬へ接近するとも思えない。
WiFiについてだが、スマホが必携な時代に思い通り使えないのは外航船員だけ。これではフィリピン人も含め船員希望者がいなくなって不思議ではない。一部大手では衛星での便宜を図っているが、これは権利としてではなくインセンティブ、つまり船と会社貢献へのご褒美の位置づけにとどまり、船員の権利としてではない。
高橋:今回の例は珍しいんではないかな。同じことをやっていても、島に座礁するなんてことは、普通はない。事故が起きる時の組み合わせが色々あって、今出て来たことが重なり合って起きたのだろうけど、要は近づかなければ、こういうことは起こらなかった。仮に家族との交信が原因だとしたら、船内WiFiを整備していれば起こらないんですよ、こんなことは。
竹中:WiFiに関しては、その通りだろうけど、ハインリッヒの法則があるじゃないですか。ヒヤリハットの原点になっている法則。幾つかのインシダントがあって、その重なりで一定の率で事故が起きる。仮に、今回はWiFiに起因していたとしても、事故の起きる因子が残っていれば、今後も起きる可能性がある。
コロナで長引く乗船期間
司会:コロナの船員への影響、契約期間を過ぎても下船できない状況が事故の背景にある。 長鋪汽船は、長期乗船者は2名だけと言っているけど期間は明らかにしていない。今乗船期間はどのくらいですか。
赤木:今は全日海と日本の船主側で乗船期間6カ月となっている。6カ月を超える分は、本人が承諾すれば可となっています。
飯島:ITFは3月にコロナのために最初の乗船契約期間を一か月、延長することで同意しましたね。
赤木:ただし、MLCが発効して上限12カ月の規定が出来、今は11カ月になったので、11カ月以内には必ず下船させています。
でも実質10カ月ですね。オーストラリアのポートステートコントロール(PSC)でオーストラリアについた時点で10カ月になっていたら下船させろと言われる。オーストラリアからアメリカやヨーロッパに行ったら11カ月を過ぎちゃうから。
日本は2週間もかからないから大丈夫だよと言ってもダメ。無理やり交代させられたこともある。
柿山:IMOやITFによれば現在世界中で30万人の船員が契約期間が過ぎても交代できないでいる。5月頃に比べ倍増している。実態はどうですか。
竹中:今どの会社も外国人船員の乗下船ですごく苦労しているようです。地方の企業岸壁では外国人船員を下船させたがらない。交代者が来て、帰りの飛行機の手配ができても、飛行場まで連れて行くのが大変。代理店が下船者をまとめて車に乗せて途中なるべく人と接触しないようにして連れて行く。
日本人の場合も乗船する港に2週間前に行ってホテルで自己隔離。その間何も症状等がなければ乗船できる。下船者も帰国時に検疫でPCR検査を受けて、陽性か否かに関わらず2週間は自己隔離で公共交通機関は使えない。中国では下船できないから、遠回りして日本で下船させたりしている。
赤木:聞いた話では、コロナ禍で交代港での乗下船がままならず乗船が長引いてるので、無理やりデビエーションして船をフィリピン沖に持っていって交代させたりしている。沖にアンカーか、ドリフティングしてボートで交代させるんでしょう。
高橋:関東近県で以前は外国人の乗下船がダメだった港でも、8月からOKになって、成田でPCR検査を受けて一泊だけ指定のホテルに入れられる。翌日、陽性の人は返されるけど、陰性の人は代理店が車で船に直接連れて来ればいいことになっている。直接船に来るから、2週間の自己隔離は免除されているようです。
吉川:国内航路の影響はどう?
赤木:知人の国内フェリーでは検査も何もやってないそうです。お客さんはカウンターでチケット出す時に一応体温は測っているけどマスクは義務付けていない。他社の船でコロナが発生すれば自然と伝わるけど、そういう話は全くないそうです。本当にないのか、隠しているだけなのか。患者がでても最近は感染経路を聞かないので、うやむやになっているのか。
竹中:内航ではさすがに飲み屋に行くのは控えるようになり、ほとんど船飲みだけど、パチンコ組は相変わらず行っている。会社からはマスクと消毒液が支給されているけど、使うのは上陸と荷役時だけで航海中は誰もマスクしない。内航船は狭いから一蓮托生で家と同じ感覚です。
荷役時はお客さんが相手だからさすがに気を使いますね。
柿山:船でコロナが発生したという話はどうですか?
竹中:発生したら自然と噂が耳に入ってくるはずだけどそういう話はないですね。クラスターにでもならない限り隠そうと思ったらいくらでも隠せるはず。社長の立場になれば、絶対隠すでしょうね。用船を切られたら会社が潰れてしまうということが常に頭にあるから。
オペレーターの庇護で何とか船を造って、用船を続けて貰って、色々な援助を得て成り立っている。これは内航も外航も似たような境遇だと思います。
ITFの活動と海員組合
司会:飯島さんが言ったようにITFが懸念した通りのことが起きてしまった。ITFは船長逮捕にも強く抗議している(22ページの資料参照)。
飯島:ITFはコロナのために世界中で入国制限が敷かれた当初から、IMOやILOなどの国際機関を通じて、各国政府に対処を求めて来た。何万人という船員が下船できず、一年以上の乗船がザラになっている状況から、今回の事故でも船員だけに責任を負わすなということを強調している。
吉川:船長らが逮捕されたということは、犯罪を起こした容疑者ということだ。1974年に第十雄洋丸が浦賀で海難事故を起した時、船長が逮捕され縄を掛けられて横浜地裁の法廷に引きずり出された時はショックだった。事故の事情聴取と、犯罪容疑者逮捕に長期の拘留とは違うのではないか。最近でも韓国でサムソンの作業船がタンカーにぶつかって、タンカーのインド人船長が逮捕、長期拘留となったことでITFが抗議したことがあった。すぐに逮捕されるというのは人権上大きな問題だ。
ただ、声明で非常に不満に思うのは、旗国に対する責任とFOC制度の矛盾に対してはっきりと言及していない。本来であれば、今の船員の置かれている現状を各国政府、とりわけ旗国が真剣に考えなければいけないのに、FOC制度の中でその責任があいまいにされて、船員の自己責任みたいな所へ押し込められている。今回たまたまこういう事故で現れたけども、その背景には、FOC制度という社会的病根がある。
竹中:ITFが「船員だけに責任を負わせるな」ということは、その上にいる会社、それから旗国であるパナマ、日本も含むのかわからないけど、関係国は責任を負えということでしょう。長期乗船もそうだし、チャートが古かったとも言われている。
飯島:配乗会社の責任は求められるでしょう。ITFはIMOやILOでこの問題を提起し、船員だけに法的責任を負わせないで、責任をどこにもたすかということを論議していくでしょう。責任を船員だけに押し付ける今の風潮、これだけは、きちんと批判しておかなければいけない。
吉川:WA号の乗組員も当然、海員組合(JSU)の非居住特別組合員のはずで、ITFも傘下組合であるJSUも、まさに鼎の軽重が問われている。
何十万という船員が交代できずに船に閉じ込められている事態は、緊急的に何とかしなければならない事態でしょう。何かしらの具体的なアクションを提起すべきだと思う。休暇で下船も出来なくて現場の船乗りたちは一体どうなっているのか。今回の事故の背景にはこうした事情がある。
竹中:WA号の乗組員はITFの組織船員だから、ITFが声明を出しているわけでしょう。ベネフィシャルオーナーシップの関係で、日本の海員組合を通じてITFに加入しているはずです。そうでないとITFはBC(ITF発行の承認証書)を発給しないから、豪州で船を止められてしまう。
本来、海員組合が前面に出て、非居住特別組合員を擁護しなければならないはずだ。
高橋:その辺は、はっきりさせる必要があるが、海員組合はたとえ組合員でなくても、船員擁護のために表に出て来るべきだと思う。会社の方は、コロナが出たら運航に差し支えがあるし、船が止まるのではないかと、今ものすごく神経を使っている。
船主側は何とかしなきゃと懸命になっているのに、なぜ組合がもっと動かないのか理解できない。
柿山:これ以上島に近寄ると危ない、と思いながら誰も船長へ進言できなかったのは何故かを考えると労働組合運動の役割があるように思う。
最近は、船の安全運航には「ものが言える船内」が不可欠とされ、進言(アサーティブコミュニケーション)のための講習もある。「自分だけ」を変えない限り安全もままならず、職場も住みやすくならない。「自分だけから私たち」への回路はどこにあるのか。そこは労働組合運動の出番ではないか。
かつての日本人船員社会には「船内委員会」があり「船内大会」も存在した。外国人へも組合活動の自由を与えよ、と言いたい。コロナの問題しかり。国籍を超え、同じ釜の飯を食う同士が「ものが言える船内」で職場要求をもって闘う。「自分だけから私たち」への最短の回路である。中西元組合長も亡くなる前、特に非居住特別組合員制度の先行きを心配していたのを思いだす。
背景にFOC・雇用制度の問題
司会:乗組員が置かれていた状況が全然伝わって来ない。乗船期間がどれだけ長くなっていたのか。どのような雇用形態・労働条件だったのか。FOC制度との関連は?
高橋:FOCとの関係で私が注目しているのは雇用形態です。
常用雇用や終身雇用が別に素晴らしいと礼賛するわけではないけど、私の経験や近頃訪船して見聞きしている話では、期間雇用の船員は基本的に上司がオーダーしなければ報告しないシステムになっている。本船の例でも、例えば、3マイルまで近づいたら知らせろと船長がオーダーしておけば、当直者が報告して船長は島の近くを通り過ぎる時はブリッジに来るから、多分事故は起こらなかっただろう。
竹中:命令がなければ、報告しないということですか?自国の船ではないし、自分は常用雇用というわけでもないので、船長が指示したら、危なくてもそれに従うと。そういう空気みたいなのがあるのですか。
高橋:空気と言うか、当然、船長の指示したコースで行くわね。危ないと言う部下は普通はいない。私の経験した混乗船では、いなかった。イエッサーで終わり。意見を聞けば、言うかも知れないが、コースだけ引いてあればそのまま行くと思う。
竹中:全員日本人の時は、我が社の船、私の船、という気持ちがあるから、ヤバそうだったらすぐ「おかしい」とものが言えたけど今は違うということですか?内航の派遣の人の中には、自分が乗っている間何もなければそれで良し、余計なことは言わないしやらないという人がいるけど、それに近い感覚?
高橋:それに近いね。日本人だけの時は、船長も乗組員も、事故があったら困るから言う。ところが期間雇用の外国人船員の場合、事故が起きても、それは船長の責任で私は関係ない。自分の命が危険でない限りは全然困らない。その代わり逃げるのは早い。退船訓練など逃げる訓練はばっちり真剣にやる。
赤木:国民性もあるんじゃないですか。フィリピン人は、ずっと長いこと植民地だったので、上に支配者がいて、そのオーダーで動く。だから、彼らにしてみれば、オーダー待ちの姿勢なんです。あくまでも命令がなければ動かない。
それと、フィリピン人が下船する時に彼らの評価をするわけですね。甲板部の場合はまず一航士が作る。フィリピンの一航士がフィリピン人を評価する場合、すごく甘いんですよ。時々ものすごくシビアに評価する人もいるけどほとんどが甘い。
それで一応こういう場面があった等のコメントを書くわけだけど、サインだけして、会社に出す船長もいる。それを会社の配乗担当者が見たら、あーこいつは問題ないんだなと思うんじゃないですかね。特にフィリピン人の船長が乗っていたら、きっと甘々ですよ。セーラーを3年経験したら舵取りにしてくれとか、舵取りを何年もやって、免許を持ってないからボースンにしてくれとか。そんな程度なんですよ、彼らは。技術云々ではなくて、何隻乗ったからと。
柿山: 雇用制度や国民性といった問題よりも、仲間意識を持てるかどうかで随分変わるんじゃないか。
日本人だけの会社が潰れたとき、会社が消えることは何てことなかったが、慣れた船や仲間との別れがよほどつらかった。そこには安心と安定があったから。その後、期間雇用の船長として混乗船で若い日本人航海士や外国人と乗ったが、当時は責任感溢れる船員は沢山いた。
今は規則規則でがんじがらめで、何かあれば、マニュアル違反を追及される。我々が経験したような、多少のミスがあってもカバーしてくれる身を任せられる職場、仲間同士助け合って一つの船を動かしているという安心感がないから、日本人の若者は将来に見切りをつけ、外国人は出稼ぎ根性になっていくのではないか。ルールでがんじがらめの中での、ある種の自己防衛とでも言ってよいのか。
日本でも、今風の若者を批判する言葉として「今だけ、金だけ、自分だけ」というのがある。
それは正規・非正規、日本人か外国人かに限らないような気がする。一概に雇用制度や、国民性で片付けられない問題があると思う。
赤木:ただ、日本人でも今の人は分からないですよ。今の若い人は、分からない。サードオフィサーが当直の時、本船は北に向かっていて、右側にコースを変えることになっているわけですけど、変針点に来た時、右前8ケーブルのところに本船より遅い船がいるのに、いきなり右に舵を切る指示を出した。
私はその時たまたまブリッジにいたんですけど、あれにはちょっとびっくりしましたね。お前船をぶつける気かと。そういう人がいるんですよ。もちろん正社員ですよ。何も考えずにワッチしている。周囲の状況を考えずに、指示された通りに、そこに来たから曲げたと。我々の常識と、今の若い人の常識は違いますから。我々の常識が通用しない。
高橋:私はやはり、フィリピン云々という話ではなく、基本的に雇用だと思うね。雇用の形態、やり方がベースにある。さっき話に出た内航の派遣船員のように、仕事に対する忠誠心よりも、基本的にその期間さえ過ぎればいい訳でしょう。お前それじゃダメだと言っても、その給料しかもらってないし、雇用期間が終わればサヨナラだから。
そういう人に対して「お前、コレコレの仕事をやれ」と言っても、身が入らないのは日本人だって同じですよ。ちゃんとお金を払って社内待遇もしっかりすれば、誰だってちゃんと働きますよ。
竹中:仕事への責任感や、連帯感が失われて行く要因として一つが雇用形態、それと自国の船、自分が所属する会社の船でないこと。規則でがんじがらめで息がつけない最近の船の状況もある。それ以外には?
高橋:労働条件。例えば日本人より低い、あいつより低いというように。条件が低ければ、そこまでやる必要はないと思うだろうし、コレコレの給料ではこの程度だと。だから雇用のシステムというのは、船員に限ったわけではないけど、労働の質と非常に関係しているんだよね。常用雇用や終身雇用の方が間違いなく船に対する忠誠心とか、会社に対するロイヤリティが出てきますよ。外国人船員が無責任だからというわけではない。
竹中:インド人とは、短期間一回だけ乗船したけど、大きな会社の半ばプロパーの職員だったからか、責任感も強く優秀だった。長鋪の場合、船員配乗はこの1隻だけ。果たして1隻でちゃんとした配乗ができるのか。プロパーというか、リピーターが育つのだろうか。海工務はどこがしていたのだろうか。
飯島:会社がどこまで乗組員の質を把握していたのか疑問で、多分、外国の会社任せでしょう。商船三井も、船長の面接はすると記者会見で言っていたけど、乗組員全員の面接をやるわけではないし、質をつかんでなかったんでしょうね。自社船員だったら、全員わかりますよね。
柿山:かつて中小労(船主団体外航中小労務協会)の船員は、雇用や労働条件が脅かされたときは煙突マークの主である中核会社へ責任を求めた。産別組合だからそれができた。今はFOCばかりになり煙突マークも遠く霞んでいる感がある。やはり、若者や外国人の定着のためには煙突マークの責任の明確化が不可欠ではないかと思う。
吉川:過去のオイル汚染を含む社会的に大きな問題となるような海難は、やはり多くがFOC船だ。トリーキャニオン号、アコモカジス号、ブレア号はじめ今も記憶に残るFOC船事故がある。その結果、海洋汚染防止条約が出来たり、ソーラス条約が改正になったり、国際社会に与えた影響は大きい。結局、旗国は管理監督責任を果たさず、名目だけの船主は逃げ回る。
このために導入され強化されてきたのがポートステートコントロール(PSC)だ。現在、PSCは、ILO海事労働条約の履行についてもチェック出来る体制になっているが、FOC制度の負の側面を、国際社会全体で莫大な費用と時間をかけて尻拭いしているようなものだ。今回の事故の原因には幾つかの段階があるが、その根底の部分ではFOC制度の問題、本船自身がFOC船であることが要因だと思う。
旗国主義とパナマ政府、日本政府の責任
司会:旗国主義で本来責任を持つべきパナマ政府、また日本政府の責任はどうですか?
吉川:船籍はパナマなのに、モーリシャス在住の日本人が何故「日本人として申し訳ない」と思うのか。船の管轄権はパナマ。日本人船員も乗ってはいない。実質、日本の海運会社が支配しているFOCではあるけれど、旗国主義を厳守する立場から、船籍国の管理責任は繰り返し追及されなければと思う。
高橋:旗国の責任と言うけれど、私の考えでは、責任を果たせない国だからこそFOCの旗国になるわけで、責任を果たせるんだったら旗国なんかやってないでしょ。旗国としての責任を持たせるなら、もうちょっとお金を出せという話になるが…。
吉川:船は自らを管理監督する国を内外に明示するために国旗を揚げる義務を負っている。そして国連海洋法条約では、国旗と所有の関係は「真正な関係」でなければならないとしている。
しかし、現実は例えば、WA号について、パナマ国と所有者の間に真正な関係があるなどとは誰も認めていないでしょう。今日、さすがに日本政府も「これはパナマ籍だから、パナマの法律によって云々」とは言っていない。かつてのTAJIMA号事件のときに裁判権は旗国のパナマにあると主張して容疑者を解放した当時の日本政府とは違う印象だ。「真正な関係」など有名無実化していることを自らが暗黙裡に認めているということだと思う。
しかし、こうした事件が起きたときに旗国が果たすべき責任を放棄してよいということにはならないし、そうさせてはならない。
竹中:今回はマスコミも日本政府も、なぜパナマ船と言わなくなったのでしょうか?
飯島:海運経済新聞の8月28日号によると、国交省の海事局長が「今回のケースでは、運航を担っている商船三井は管理していないが、何もしないでは国際的に済まない。これからは用船についても、安全管理に踏み込んで改善できることをしないといけない」旨、述べている。
日本関係船舶に対して日本政府が一定程度、責任を持つ、という方針に転換しつつあるのではないですか。
吉川:ある種の方針転換ともいえるが、本質的なところは何も変わっていない。今年初めの自衛隊中東派遣の際に、政府は日本籍船の他に「日本関係船の安全確保のための情報収集のため、自衛隊を派遣する」と述べている。問題は「日本関係船」という新たな概念を定義付けたことだ。さすがに日本関係船にも日本の主権が及ぶとは言っていないが、深く日本の利益と関係しているとして、自衛隊の保護対象のような存在だと印象付けたいのだと思う。
しかし、多くの「日本関係船」が、実質日本支配船であっても、公式には、日本主権の及ばないパナマ主権下の船であると認める以上、「日本関係船」を直接防護することは不可能というジレンマから永遠に開放されることは無いね。
赤木:有事の際の日本籍船ということで、トン数標準税制にからんで準日本籍船という概念がありましたよね。それが絡んでないですか。
吉川:実質支配のFOCを条件付けて準日本船とし、トン数税制の対象船舶として認定するという法律改正をした。WA号がその対象船かどうか不明だが、日本の自衛権が及ぶ範囲に、日本籍船だけでなく、大半がFOCの「日本関係船舶」まで組み込むところまで話は進んできた。
しかし、旗国主義の観点ではなく、実質支配の観点から船舶を区分けする日本政府の政策は問題だ。「日本関係船舶」という新たなカテゴリーを持ち出して、あたかも自衛権によって防護されるべき対象船のように描き出して国民世論を喚起しているが、これを許してはならない。こうした観点からも旗国主義、フラッグステイツは今後もしっかり守っていかなければならない海運界の大原則であることを、繰り返し訴えていく必要がある。
飯島:日本関係船舶という定義を決めたんですよね、日本政府は。「パナマ籍だろうとリベリア籍だろうと日本関係船舶は自衛隊で守る」と言っているので、海難の場合は違うよと言えなくなっちゃったわけでしょう。状況が変わったんじゃないですかね。
竹中:国籍より実態上の船主で判断するように日本だけでなく世界の流れがなってきている。真の船主が表に立たざるを得なくなっている。そういう時代になったというのは確かでしょう。
柿山:グローバリズム、国際分業の時流に乗り、順調と思われた外航海運だが、この半年の間におきた次の3点で致命的な綻びが目立っている。
一つ目は、日本の船を守るためと称し自衛艦を中東へ派遣したが、旗国主義のもと自衛艦は日本関係船の9割を占めるFOCは守れないということ。止む無く派遣根拠を事務規定に過ぎない調査・研究とし、民間商船を一層危険に晒す結果となった。
二つ目は、ダイヤモンドプリンセス。英国籍、運航は米国のダイヤモンドクルーズ社で、日本が出来ることは法律上限りがあったと日本政府は弁解し、その結果、感染拡大を招いた。そして今回の座礁事故。いずれも共通点は日本人船員の不在。行き過ぎたグローバリズムの末路というほかはない。やはりFOCの根を断つことが必要だ。
竹中:僕は日本政府にも責任があると思う。以前は、日本海運を復興させるという戦後の政策で全部日本籍船だった。ところが、1970年代になって仕組船認知論などが出て政策を変えてしまった。税金を投入して、輸出銀行など政府系金融機関が安い金利で資金を提供したり優遇してきた。その結果FOCがどんどん増え、日本は世界一の便宜置籍船保有国になった。
そういう意味で日本政府にも道義的、政治的責任がある。
吉川:日本政府には、国際法上発生する損害賠償責任はないが、長年にわたってFOC制度を育ててきたわけで、責任は大ありだ。ただ、何をどこまでやれば道義的責任を果たしたことになるのか、難しい論議だ。
結局のところ具体的な対応策としては、国際世論、国内世論の動向を見ながら、何よりも環境回復にしっかり日本政府も役割を果たしていますよという以上のことは考えていないようだ。
FOC制度は、戦後、欧州の伝統的海運国の猛反対を押し切って、アメリカの軍事的要請に基づいて本格導入された。米国が生みの親なら、日本は育ての親と称されるくらい深く関わってきた。1970年代半ばから、日本は官民挙げてFOC制度の利用にまい進し、日本人船員の切り捨てが続いた。今日、FOCの廃絶なんて、核兵器の廃絶より難しいと諦めている人も少なくないが、そんなことはない。そもそも軍事的政策の一環として、言い換えれば通常の経済活動の外で誕生したこの制度に、経済上の未来はない。
今回の事故を契機に、改めてFOC制度の勉強の機会になればと思う。加えて、どうすればFOC制度の廃絶を実現できるのか、最近のITFの活動の検証をはじめ、原点に立ち返って検討する必要がある。
汚染除去と今後の補償、船主責任と用船者の責任
司会:モーリシャスの現状、今後、長鋪や商船三井、日本政府は何をすべきなのか。
吉川:首都ポートルイスで7万5千人の抗議デモがあったと聞く。人口の6%というから、日本で言えば600万人のデモということ。報道では政府の対応の遅さや情報隠蔽に抗議ということで日本政府への抗議ということではないようだが。
赤木:今パナマ籍と言われて、本当にパナマの船と思っている人は多分いない。ファンネルマークも商船三井だし、日本の船と思われている。やはり日本政府は油回収のために持てる技術力を供与すべきでしょう。
吉川:環境回復のために、日本政府はノウハウの提供など最大限協力しないといけない。法律上生じる補償は、当然ながら日本船社がちゃんと払うべきです。
高橋:報道によると、WA号はばら積み船でバンカー条約と船主責任制限法が適用される。その場合、乗組員の「無謀な行為」がないという前提だが、モーリシャスは古い条約しか批准してないので、補償額は最高20億円。ただ、日本は2015年の改正条約を批准しているので、最高70億円という話もある。たとえ損害が大きくても、それ以上補償する法的義務は、国際条約上はないということです。
また衝突の例で、日常的に指示命令を出したり、ファンネルマークを付けているなど、一定の条件で、定期用船者の賠償責任を認めた最高裁判決もあり、商船三井も無関係とは言い切れないようです。
吉川:用船者の責任ということで言えば、損害賠償額を誰がどうするという法律上の責任論はさておき、道義的な意味での責任は山ほどある。昔、昭和海運が定期用船していたフルムーン号が衝突海難を起こし、その時、東京地裁が昭和海運の用船者責任を初めて認める判決を出した。
裁判は結局和解で解決したと思うが、当時、定期用船者責任が問われた司法判断として注目された。今回、商船三井サイドも用船者責任は免れないと考えていると思うが、どこまで真剣に受け止めているのか。これからの対応が問われる。
柿山:商船三井は9月11日に池田社長が記者会見で、「用船者の社会的責任を果たす」と、モーリシャスの環境回復プロジェクトのため10億円の拠出を発表した。用船の仕組みの中で、安全をどう考えるかとの問いには、「世界の海運業がそのモデルでサービスを提供している。海運の根幹を成すものだ」と答えている。
また、船舶管理会社アングロイースタンとの話し合いについては、直接話す立場にないと否定している。船主、船舶管理会社、用船者と細分化された管理体制は責任の分散には都合良いが、細部は商船三井自身も掴めきれていないのではないか。コストの飽くなき追及の結果、現場の把握が出来ていないのが実態ではないか。
STCW条約はトリーキャニオン号の事故と油汚染を契機に定められた。1993年、英国シェットランド沿岸でのリベリア船籍ブレイア号海難の際は、欧州議会はFOCの放棄をEC委員会へ要求するという重大決定をした。しかし、EC閣僚理事会は、石油ロビーの圧力に屈してIⅯOに一任した結果、FOCの放棄にはつながらなかった経緯がある。
大きな事故の際、世界の海運界には必ず変化の兆しが現れる。この事故がその端緒になれば、と思う。
〈編集部注〉
座談会は9月末までに報道された資料により行いました。
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