国家賠償請求裁判、証人尋問へ(編集部)
門前払いの連続だったこれまでの経緯
2014年1月に広島湾の阿多田島沖で起きた空母型輸送艦「おおすみ」と釣り船「とびうお」が衝突、「とびうお」の高森船長と同乗者1名が死亡、1名が重傷を負う事故が発生して6年が経過する。
同年6月、海上保安部は「おおすみ」を見張り不十分、適時適切な操船を行わなかった過失で広島地検へ書類送致した。「とびうお」に対しても、周囲の見張りを怠り適切な操船を行わなかった過失を指摘した。
しかし、事故の1年後、運輸安全委員会は事故調査報告書を発表、「おおすみ」が進路・速力を保持して航行中に、「とびうお」が左舷前方から右転して船首至近に接近し、衝突したと「とびうお」の全面過失の判断をした。
そして広島地検は2015年12月、運輸安全委員会報告書を全面採用し「おおすみ」を不起訴とした。検察審査会も告発人の審査申立てを不起訴処分相当と議決した。
2016年2月、防衛省が海上自衛隊の艦船事故調査報告書を公表。「おおすみ」に過失は一切なく「とびうお」飛び込み説を唱えた。
2016年5月、「とびうお」の遺族と乗船者4名が「真相を闇に葬らせない」として国家賠償請求を提起したのが今回の裁判である。(本誌23号参照)
証人尋問開始へ
1月28日広島地裁で第19回口頭弁論が行われ、裁判長から進行協議について見解が示された。原告側は11人(艦長、航海長、船務長、左見張り員、C士長、乗員A1、衝突現場を見たというクレーン船船長と原告側4名)の証人を要請、被告・自衛隊側は「船位からして客観的に見れば、ぶつかる筈がない、艦長と航海長以外の証人は必要がない」としていた。
この日裁判長は、乗員A1以外の全員を証人として呼ぶことを言い渡した。原告の主張がほぼ全面的に認められ、次回3月に証人尋問のスケジュールが決定する。
被害犠牲者側の意見を聞く初めての機会が、国賠訴訟の場でようやくおとずれた。証人尋問が認められたことで、真相究明へ向け大きく道が開けた。
6月以降、裁判は最大の山場を迎えることになる。
何が証人尋問へ結びついたのか
19回に及ぶ口頭弁論で、原告は被告側の主張をひとつずつ突き崩していった。被告・自衛隊側は、「おおすみ」と「とびうお」の間に衝突のおそれは存在していなかったと主張する。
しかし、「おおすみ」の艦橋(操船する所)の音声記録には、07時56分30秒(衝突は08時00分)に、『(漁船の方位が)わずかにのぼっている』、同分53秒『わずかにのぼるね』、57分40秒『やばい』、59分06秒『避けられん』との発声が記録されていることが明らかになった(第9回弁論で原告が指摘)。「わずかにのぼる」は「明確な変化」と異なり、衝突のおそれがあったことになる。(海上衝突予防法7条4項)。運輸安全委員会の報告書、及び「衝突のおそれはなかった」との国の主張の根拠が崩された。
07時59分ころ、「とびうお」は釣り場である甲島に向かって直進しており、阿多田漁港に向けて大きく右転する必要性も必然性も全くない。長さ7・6メートルの釣り船が、長さ178メートルの自衛艦に向かって突進することなどありえない。
運輸安全委員会は、新たな判断として、「とびうお」は衝突の1分前ころから右転を開始したと認定し、国もそれに乗っかり同じ意見を述べている。
「とびうお」の右転をみたとされる阿多田島の工事現場のクレーン船船長の証
言が唯一残されているだけだ。(今回裁判長はクレーン船船長を職権で法廷へ
呼ぶと述べた。)
「とびうお」に乗船し、事故で海に放り出され重傷を負った寺岡さんは、負傷が回復した。法廷で「とびうお」の右転は無かったと証言するに違いない。死の淵を彷徨った生存者と、正反対の主張をする事故の目撃者とされるクレーン船船長のどちらが真実を語るか注目である。
求められる船員の支援の輪
2008年の行政改革の中で海難審判庁が廃止されて2審制が崩れ、海技資格を持つ船員の懲罰だけを扱う格下げされた海難審判所だけが今は残る。
かつての海難審判では、その専門性への信頼のもと、「なだしお」事件では第2潜水艦群へ、「あたご」事件では第3護衛隊へ是正勧告がなされた。だが、海難審判では自衛隊の艦長や士官が裁かれることはなく、制度改変の結果、自衛隊の組織が断罪されることもなくなった。
まして、今回は「とびうお」の船長は死亡し、証拠となるべきGPSも水没した。原因究明は運輸安全委員会へ移行したが、至近で急に「おおすみ」へ向けて船長が舵を切ったとされ、自衛隊への「忖度」が疑われる。
20余年前の「なだしお」で、第1富士丸の近藤万治船長は、『自衛官と民間人というだけで捜査段階から差別を受ける。自衛艦と民間船では法の適用まで変わった。それが当たり前だと思いますか。自衛艦だとどんな重要な航泊日誌を改竄しても、法廷で偽証まがいのことをしても許されるのですか』と述べた。
この時は、現場船員や海員組合の職場委員たちが近藤船長支援の声を挙げ、署名や街頭でのビラ撒きに取り組み成果を挙げた。裁判が山場に差し掛かった今、多くの船員にこの事件に関心をもち、船員みずからがいのちと安全とを守るため、支援の輪に加わってほしい。
(羅針盤編集部)