雨宮洋司(富山商船高専名誉教授)
― 商船船員を魅力あるものにするために 14 ―
目次
Ⅰ 最初に述べておきたいこと
Ⅱ 商船船員(職業)にこだわる理由
Ⅲ 船員(職業)特殊性論の展開
Ⅳ 海陸職業を同一視する諸相
と抗い(あらがい)の視点
Ⅴ 特殊性を克服する諸政策の断片
Ⅴ-1 船員労働団体の混乱と船員部会での議論
1.海員組合の混乱とその影響
(1)海員組合混乱の諸相
① 竹中裁判
② 北山裁判
③ その他の争い
(2)組合混乱の影響
① 船員側委員の発言力低下
② 日本人船員確保への影響
2.船員部会(国交省)での議論
(1)船員部会の各種情景
① 顕著な当局の強気発言
②〝要望〟事項となる船員側発言
③ 当局と船員(組合)側委員
の激論
④ ILO海上労働条約の国内法化論議
⑤ 船員部会での政策基調
(以上前号まで)
⑥ 漁船員の地位向上に関した議論
ここでは、船員部会での議論から見えてくる漁船員の地位向上に絡む三点をみることにします。
◯ 漁船員の最低賃金制度
2013(平成25)年5月の第42回部会で、漁船員の最低賃金制度の議論が行われました。
議論を通して船員(組合)側委員と当局の考え方との違い、そして国交省当局の掌にある船員部会という審議会のなかでの公益委員の役割等が良く理解できるので、少し長くなりますが紹介しましょう。
この部会の一ケ月前には、全日本海員組合の中央執行委員会が組合長を追放する事件(裁判提訴後和解)が発生しております。この時の部会には、その組合長を含む5人の船員側委員が出席していました。
船員(組合)側委員が『漁船員の最低賃金は現在4業種だけになっていて、全漁船員に最低賃金制度が適用されていないのはおかしい。ILO131号条約(1970年の最低賃金決定条約)を日本は批准していながらILOへの日本政府報告は〝日本の漁船員にはすべからく最低賃金制度が適用されている〟としている。組合としては、(それは看過できないので)ジュネーブの事務局へ連合(ILOの労働委員)を介して日本政府(国交省)へ、政府報告書(が正しいか否かについて)のコメントを求めるように要請している』として、当局の怠慢を批判し、日本側(国交省)の是正を促しました。
それに対しての当局の答えは
『それは1981(昭和56)年の船員中央労働委員会の建議事項であることは確かだ。4業種になった理由は、漁業の多様性や漁船労働の特殊性などを考えると、全業種の実情に合った最低賃金制度は困難である故、雇用が多く、年間を通じて操業し、乗組員数の多いところ、賃金実態の把握しやすいところから設定したわけである。
さらに、ILOからは、その賃金決定システムを作ることが求められているわけで、(日本では)公労使同数で労使平等の参加システムで最低賃金を決定する仕組みができている。言い方を変えると、ある意味、労使の歩み寄りがあってこそ、最低賃金の決定額の調整というものは実現するものだ。・・・また、労使の合意がないから最低賃金の定めをしないことが直ちにILO違反にはならないという解釈に立っています』ということで、船員側委員の発言をいなして、国交省が言っていることの正当性を強調しました。
さらに、その一ケ月後の船員部会で、当局は『船員側委員が言っていたILOから日本政府への報告要請は(2013年に)なかった。(その理由は)ILO条約勧告適用専門家委員会が連合からの意見を受けたのであるが、オブザベーション(留意)はなく、日本政府への報告要請がなされなかったからである』と説明して、ILOという国際機関を使った船員側による日本行政への批判は当たらないとしました。
その考えをもとに、当局は、第70回(平成27年10月)部会で『大型イカ釣り漁業(総トン数200トン以上)は対象が1隻、対象船員が9名で、労使協定もあることから、使用者団体にも伺って、最低賃金専門部会は開かない』という提案を船員部会で行いました。
それに対し、船員側委員が『現業隻数は数隻ある。しかも総トン数200トン以上となっているが、旧中型の180トンから200トン未満船も大型の海域へ行ける状態にある実態を直視すべきだ。このままでは最賃制が適用できない船員が多く出てくる』ということで猛反発をしました。
この経緯のなかで、公益委員としての部会長が、割って入り、その思いを込めた長い発言をしていきます。
曰く『最賃法に基づく最賃制は憲法に保障されたものであり、すべての漁船員に適用されなければならない。それは、(国交省が言う)労使の話し合いを前提にして決めている特定業種の最賃制とは異なるものだ』と官に異論を呈して、A4用紙2枚にぎっしりと書かれた資料「漁船員の最低賃金に関する最低賃金小委員会公益委員の見解」も配布しました。
さらに同席した審議官から同意をもらうことも行われ、船員(組合)側委員の主張が公益委員の理論的整理で、35年ぶりに開花する方向へ動いたように見えます(第70回)。
長い間、膠着状態にあった理由としては、船員側にもその一因があったのではないかと思う面があります。つまり『1996(平成8)年の船中労委では、漁業船員の最賃制度設定は労使の話し合いを先行させることが合意されているので、それで行くのが良い』と船員側委員が発言していたからです。(第3回2009(平成21)年1月)。
議事録を見る限り、公益委員しかも部会長の存在は重要であり、必ずしも事務当局と同じ立場にいるとは思えない場面でありました。ただし、今後その通り当局が動くかどうかは慎重に見守る必要があるでしょう。なぜなら、2年前の第43回(2013(平成25)年6月)部会では、船員(組合)側委員の「最賃専門部会の開催要求」に対し、当局は『あくまで専門部会における労使合意が前提』、『開くかどうか不明』という強気発言をしていたからです。
さらに、国交省の基本的姿勢として『漁船員の労働条件の保護や漁船員の安全衛生は船中労委時代からのことで、真正面から取り上げるが、水産業の振興面がどの程度絡んでよいのかは悩ましい(第2回)』として、農林水産行政を尊重しての遠慮発言(縦割り行政の言い訳)をしています。
このままでは、国交省が漁船員の各種労働条約批准の主たる推進力になることや、すでに国交省の分野になっている漁船員最低賃金を超えた、より広範囲な漁船員保護強化へのリーダーシップをとることの期待は難しいかもしれません。
このことは、漁船員の次世代人材育成論議等も含めた漁船員政策展開には、及び腰になってしまう構造的欠陥が存在していると言わざるを得ないでしょう。また、船員(組合)側委員による追及も中途半端なものに終始していることは残念なことです。
他方で、当局は『漁船については海上労働条約の適用対象外であるが、労働時間及び休日並びに設備に関わる事項以外は船員法において同一の規制下に置いており、この考え方を踏襲する(第16回)』としていますが、その通りにやったとしても、問題はその実効性担保がどのようになされるかということになっていきます。
◯ 漁船員の安全問題
船員部会では、たびたび陸上の労働に比べて、漁船労働における事故率の高さが指摘され、災害防止基本計画で、その減少目標等も設定しています。
ライフジャケット着用推進、その相談体制の構築、船内自主改善活動への取り組み、チェックリストによる船内点検や優良事業者の表彰(2006(平成18)年度から)等の具体策も当局から説明されています(第8回2009(平成21)年7月、第9回(2009(平成21)年9月)。
以下に、これまでの部会で述べられた漁船員の安全衛生問題に関する主なものを列挙してみましょう。
(外国人漁船員への安全衛生対策)
第5回(2009(平成21)年3月)の席上では、日本の船員法や船員保険法の適用がない外国人船員への安全衛生対策が紹介されています。
それは、外国語でのコミュニケーションの充実、外国語での安全作業マニュアル化や危険表示、相談体制の充実などであり、評価すべきことでしょう。ただ心配なのは、それほどの意見交換もなく、あっさりと承認され答申されたことです。確実にそれが本腰で実施されるかどうかは当局の姿勢や現場からの声の大きさにかかっていることになります。
(船員災害状況の報告)
第12回(2010(平成22)年2月)の席上で、当局は陸上の労働者と比較しながら2008(平成20)年度の船員災害状況の報告をしています。海では全体で、千人あたり11・5(漁船は15・5)に対して陸は11・3(2007(平成19)年度)で、特に死亡災害では51件のうち海中転落が半分、55歳以上が55%になっています。
減少目標設定による5年ごとの防止計画が定められ、船員安全衛生マネージメントシステムのガイドライン作成(救命胴衣着用や船内作業設備状況の点検など)も報告されました。船員の海中転落による死亡事故の根絶のための強力な指導策の提案と議論展開が強く期待されるところです。
(違法漁船対策)
第32回(2012(平成24)年5月)の席上で、船員(組合)側委員が行った次の発言は重要なものですが、残念ながら要望にとどまってしまったきらいがあります。
『5月12日南アのケープタウン港外での日本籍船マグロ漁船の座礁事故で判明したことは、全乗組員が台湾人で、日本人船員はゼロ、これは明らかに違法行為だ。ほかにも同様なものが20隻あるといわれるが調査せよ』と当局に要求しました。
さらに、前にも述べたように、漁船員の生命を守る当局姿勢が漁船経営の経済問題に配慮している様子がわかり(第49回)、第63回でも、ライフジャケットや簡易AIS(位置情報発信機)の義務付けに関する船員(組合)側委員と当局の議論で垣間見えます。
(縦割り行政の弊害)
第38回(2012(平成24)年11月)の席上で、水産庁のもとでも実施されている労働安全に関する事業(全国漁業就業者確保育成センターが受託)「海難事故減少のための安全推進員養成、ライフジャケットの選定などの労働環境改善、改善見本の提示、船内点検、改善点チェックリストでの情報交換等々」が、それに関わった公益委員から紹介され、この部会と水産庁とがリンクして進められることの重要性が指摘されました。
ここにも縦割り行政の壁が存在していることが感じられ、労働災害率が極めて高い漁船労働(一般船舶の9・6に対して漁船は13・6パーミル)の姿が浮き彫りになっているようです(第44回2013(平成25)年7月)。
漁船事故率が一向に減らない一端には、IMO漁船安全条約が日本主導(適用除外の増加)で2012(平成24)年に改められたにもかかわらず、いまだ未批准という矛盾があり、次のILO188号条約の未批准とも相まって日本の姿勢が影響しているように思えてなりません(第38回)。
◯ 漁業労働条約(188号)未批准への疑問
商船船員以上に、グローバル化の影響を受けて、劣悪な労働条件になりがちなのが漁船船員になります。日本の漁業船主はインドネシア人やキリバス人などの船員を漁業実習生として漁船(3日以上操業の24m以上の漁船)に乗せるのが合法化されております。そこにおける労働災害率は、鉱山労働者や消防署勤務者より数値が高く、漁船員たちの乗船中の健康・安全確保は喫緊の課題なのです。日本が国内法化した海上労働条約は、16歳以上であること、健康証明書の保持、休息時間の確保、本国への送還費用負担、社会保障、船内諸設備基準の網羅、旗国検査やPSCの担保等々相応の義務を船主に課しました。
〝漁獲高に応じた給与体系を持っている面で進まない〟とはいえ、四業種の最低賃金も毎年決められており、労働者としての漁船員がデイーセントな労働をしていけるように整えることは四面環海の日本の漁船船主及び日本国としての責務です。日本の積極的なイニシャチブは必要ですが、西太平洋のクロマグロ規制圧力(外圧)によって、日本水産庁が漁獲規制の漁協指導を開始したことに見られるように、その腰の上げ方は外圧がないとなかなかできないのかもしれません。
改正船員法への海上労働条約の漁船適用についての当局説明は『国内法化勉強会や船員部会でも検討整理されたとおり、労働条件や最低年齢要件という部分を除いて、商船と同様に新たな制度が適用される。その際、漁船の実態を踏まえ、新たな規定をどのように適用していくか、関係団体とも相談を重ねた結果、改正法の適用を前提に実態を踏まえた制度ができるよう、いろいろ関係者と相談してきた。より細部の詰めは残っているが、順調に調整をしていることを報告したい(第36回)』と当局は述べているので、それなりの期待を持ちたいところです。
しかし、第65回(2015(平成27)年8月)部会で、船員(組合)側委員の『漁業3条約のうちSTCW-F=トレモリナス条約(1977年IMO漁船安全条約)及び批准推進を目指したケープタウン協定の2分科会はとりまとめが出来つつあるが、2007年のILO188号条約(海上労働条約の漁船員版)に関する分科会は中断している。早急に開催すべきだ』との要求に対して、当局は『要望として聞きおく』として、なかなか前へ進みそうにありません。
この点でも、船員(組合)側のさらなる組織的追及姿勢が必要な感じです。
⑦ 船員確保育成策に関しての議論
◯ 日本人船員確保育成策に関して
(外航日本人船員確保策に必要なこと)
2007(平成19)年度に、国際海上輸送部会(国交省審議会)で、試算された将来確保すべき『必要最低限の日本籍船は450隻、そのための日本人外航船員数は5500人とされ、外航日本人船員を10年で1・5倍に、日本籍船を5年で2倍にする』と外航海運業界は表明しましたが、日本籍船の確保に関しては、2013(平成25)年度からトン数標準税制の適用対象に準日本籍船(日本の非常時や有事の際、海上運送法に基づいて徴用可能な契約下における便宜置籍船)も加えて、一定数を確保する政策の強化に乗り出しました。
その説明は『日本人船員確保の点から、日本籍船1隻の増加に対応してFOC3隻に恩典を与えれば、日本籍船増加のインセンテイブになる』(17、20、28、29、36、40の各部会議事録を参照)としています。確かに、船舶の確保は、ある程度可能であるかもしれません。
しかし、それを担うヒトの面つまり日本人船員の予定数確保や海事クラスターを支える船員経験者の維持・確保は容易ではありません。そのことは近年の船員(職業)への就職者数や離職率の状況を見れば明らかです。将来確保すべき必要最低限の船員数を満たすためには、船社就職希望者(採用)数の増加と退職者数の減少をもたらす政策が重要になります。
達成すべき目標年(2018(平成30)年度)が近づき、トン数標準税制の対象を日本支配のFOC(=準日本籍船)にまで広げることにしたわけですが、それでも日本人船員の量的確保は思うように進まない心配があるためか、〝より良い方策探し〟のために、官労使検討会を開催することを当局は決断しました。それに対して、船員側委員から『長らく要望してきたことが実現できた』と謝意が述べられています(第60回、2014(平成26)年11月)。
船員確保のためには、船員(職業)に就く人たちが肌で感じることが出来る直接的メリット策、例えば船員の所得税と住民税の減額や商船船員教育機関の学生への有利な奨学金支給などの特別配慮や船員労務官などによる船員労働保護関係法令違反者の摘発強化、さらに、船員の賃金・休暇などの労働諸条件向上への誘導策等が必要だと思っています。
なかでも、この日本で、船員(職業)はもちろん、海洋資源開発や港湾の技術者も含む海に関わる若者を獲得し、その若者がその職場に定着していくためには、目に見える形での労働・生活のより良い環境・条件づくりに向けた海人優遇策を国民に提示することが重要なテーマにならなければなりません。
トン数標準税制導入直後の第6回部会(2009(平成21)年5月)において、当局は『導入の国際標準とされるトン数標準税制に応募した船社はリーマンショックにもかかわらず10社に達して、5年間で日本船籍数は2・1倍の159・8隻、日本人船員の採用数は88人増の1・1倍になる』と述べて順調な滑り出しを強調しました。
しかし、その後の実績は、2013(平成25)年度で日本籍船がプラス159隻ですが、日本人船員はプラス62人で早くも達成は危うくなり、第17回(2010(平成22)年9月)部会では、次年度(平成23年度)の税制改正要望で、自国船以外の船(日本船社支配のFOC)にも標準税制の適用を拡大するための海上運送法の改正へ向けての内容・理由が説明されました。
それは『国際標準に合わせたもの』であるとともに、前述のように、日本人船員確保の点から、日本籍船増加のインセンテイブになるとされました。
これに対して、船員(組合)側委員は『国際競争力の観点で日本人船員の必要性をやっているのではないから、これで本当に日本籍船が増えるであろうか』と疑問を投げかけています(第17回2010(平成22)年9月)。
外航船社への税軽減を含む各種の支援措置はいろいろです。2011(平成23)年度の概算要求では、上述の準日本船へのトン数標準税制適用の拡大と日本籍船へ戻す(フラッグバック)ための登録免許税軽減が説明され、CO2削減船への特別償却、固定資産税の非課税措置(既存の国際船舶固定資産税の15分の1を変更)、鉄鋼が高いときの売船による内部留保を可能にする圧縮記帳の認可等々があります(第17回)。
さらに第28回(2011(平成23)年10月)部会で披露されたのは、国際船舶保存登記登録免許税の軽減措置の2年間延長、国際船舶の固定資産税特例措置(18分の1へ)、中小企業課税の減免措置延長、軽油取引税免除の3年延長等です。そして、なぜこのような税制改正(企業減税)が必要なのかについての当局説明は『振幅の変動激しい海運市場での設備投資、競争力強化に寄与するため』としています(第28回2011(平成23)年10月)。
以上のほかに、チャレンジ・フエアーによる新人船員開拓の実施(第3回)やLNG船等の乗組員教育費への国庫補助の予算措置(第58回)もあります。
ここに述べた数々の支援策は、あくまで、船員(含予定者)に対しての直接的影響の行使ではなく、船員を雇う船社側がそれなりに体力をつけたうえで、採用に踏み切ることが出来る状態を作っていくことに重点が置かれる類になります。トン数標準税制導入とその適用拡大はその典型で、国交省が認定した当該船社には支援策が連動することになります。外航船社への支援策は、前述の国税の軽減措置や船員の獲得に際しての教育訓練の補助費支給等がその例示になるでしょう。
いま必要なことは、このような間接的配慮ではなく、船員(職業)に就く人たちが肌で感じることが出来る直接的メリット策です。全日本海員組合の努力で達成した四日市市や鳥羽市における一定条件下の外航船員市民税半額の減免措置条例の実現は、船員側努力の賜物であったといえます。
船員(職業)の特殊性に深い理解を示すならば、国交省が船員のために、中央で自ら奔走する姿勢こそが必要ではないでしょうか。所得税に関しても船員(職業)の特殊性を考えて国交省が真正面からその実現に向けた取り組みをすべきでしょう(財務当局への要望がなされていることは船員部会でたびたび報告されています)。そうすることで、船員(職業)を重視する政策姿勢が示され、信頼回復に結びつく契機になるのです。
(商船高専卒業生の外航船員就職率の意味合い)
当局や日本船社が、日本人船員確保に関する議論で、時々やり玉にあげるのは、商船高専卒業生の船員(職業)就職率が商船系大学や国交省の船員教育機関に比べて低い(60~65%)という指摘です(第23回2011(平成23)年5月)。さらに、海技教育機構(航海訓練部)の練習船での航海訓練は国費の効率的利用の観点から、海技免状所有希望者・船社就職予定者のみに絞るべきだ(商船系高専卒業生の30%から35%は乗船出来なくなる)といった発言も飛び出しています。
これは商船系高専が商船系大学や国交省の海上技術学校(本科)のように乗船実習科(海技免状所有希望者のみが在籍する科)を設けず、広い意味の海人育成につながることを目論むなかで、船員(職業)や海事関連志望の強い意志を醸成していくために維持している制度(商船学科学生のすべてが航海訓練で慣海性と共同生活を体験して海人として育まれること)からくるものです。
これは、その卒業生がその生涯を通して、船員(職業)だけではなく、それを土台にして陸上でそれを活かして幅広く活躍できる人間(海人)になってもらいたいことの制度維持であり、いわば両旧商船大学と旧海員学校が乗船実習科を設ける以前の貴重な海人育成システムになっているとみてよいでしょう。
それは若年層(中学卒業生)の受け入れと5年6ケ月間の教育指導実践のなかで編み出されてきた教育の長期的視点に立った海人育成法であります。そういった点(海人育成)への深い理解が、船員政策担当者(当局)や船員部会委員には欠けている感じがしています。
その結果、2008(平成20)年度の学卒者の外航就職者数が増加した理由として『それはトン数標準税制効果への期待と、陸に比べて内定切りはなかったこと(第6回)』という当局の説明が導き出されるのです。
また、商船系高専の商船学科卒業生が乗船実習科を持つ学校に比べて船社就職率が低いという批判を続ける場合、商船系高専側は乗船実習科を設けて数字上の改善を図って、より工業系高専に特化する可能性があることには留意しておくべきで、長期的な日本人船員の確保策と関連づけて、そういった発言がなされるべきでしょう。
(水先人改革への疑問)
商船系の大学・高専の卒業生が陸の職業に比べて不利益の多い船員(職業)として長期間の海上生活・仕事に耐えてきたのは航海系の場合、船社退職後その海上経験を活かすことが可能な水先人という自由業の存在が重要な側面であったと思います。
2006(平成18)年5月の水先法改正に代表される規制緩和政策の展開は、そういった淡い期待で船員(職業)の特殊性を補ってきた慣習面を根こそぎ破壊するもので、水先人バッシングともいえるでしょう。その代替策を考えることなく、ただ水先人料金をより安く(省令廃止)して船社経営を助けるという露骨な政策そのものの展開になったのです。
そのうえ、料金のさらなる低下を目指して「競争原理貫徹のために、東京湾・三河湾・伊勢湾で輪番制の中に指名制トライアル事業を行う」(第8回)として、日本人船長が描いていた夢をより徹底的に破壊する策を展開させていきます。
当局は、別途、水先人養成学校を商船系大学と海技大学校に新設して、長い外航船員の経験を要しなくても若手の三級水先人を誕生させるようにしました。
ところが、卒業して間もない第1期生が関西空港沖で、台湾のコンテナ船を水先中、漁船と衝突して漁船員を死傷させ、逮捕される事件が発生してしまいます(2013(平成25)年2月25日)。漁船員の不慮の死と海を志した若人の夢を打ち砕いたことへの深い反省が、新水先人づくりに取り組んだ関係者には必要なことでした。
翌年(2014(平成26)年)に行われた〝商船系大学の水先人養成制度の廃止〟〝水先人養成学校の国交省・海技大学校への一本化〟〝社船実習期間の増加〟〝水先人経験講師の導入〟等々が、その悲劇への答えなのかもしれません。
漁船員の死亡と若手水先人の生涯を台無しにしたことを考えるとき、船舶運航技術の理論と乗船経験が持つ意味とを合体した商船学の視点から水先人養成コース内容の再検討がなされるべきでした。そうではなく、商船学を探求してきた両商船系大学に設置した水先人学校を廃止して、国交省の海技教育機構が一手に引き受けることにしたわけですが、それで問題が解決できるわけではありません。
もう一つ重要な論点があります。それは、このような水先人制度の改革を行う場合、船員(職業)の特殊性を見据えた船員の仕事と生活条件の改善策、特に、水先人を視野に置かない場合、船員(職業)を長く続けるための安心策を考えておくことが必要不可欠です。
それをしないで、それなりに定着してきた水先人制度を規制緩和策で根こそぎ破壊することになったことは疑問であり、犠牲者が出た段階で、国交省や船社は水先人施策の抜本的見直しを図るために、文科省の商船系大学・高専の商船学系教員との間で、船員(職業)の特殊性を反映して(商船学を踏まえ)、日本にふさわしい〝世界の水先人界をリードできる水先人養成制度の再構築〟をすべきであったと思います。
そうではなく、国交省管轄の海技大学校での再スタートになったことには違和感を覚えます。いったん走りだしたら止まらなくなっている政策の現状は、市場至上主義が危機的段階に入っているといえそうです。
◯ 外国人船員の確保策に関して
(船員部会での議論)
(次号に続く)