事故の主因は無謀で稚拙な米艦の運航
高橋二朗(元国際マリントランスポート船長・海事補佐人)
今年8月28日、国土交通省の運輸安全委員会は、米海軍のイージス艦USS FIZTGERALDとフィリピン国籍のコンテナ船ACX CRYSTAL(A号)が衝突した件に関し、船舶事故調査報告書を公表した。2017年6月17日の事故以来2年が経過していた。(本誌22号参照)
報告書は米国の沿岸警備隊の調査資料に基づいて作成され、日本の調査官によるイージス艦の直接の調査は行われなかった。
以下、報告書の内容を紹介し、元船員としての経験と現在安全監督に携わる中で得た見聞から、衝突の原因や問題点について私見を述べる。
なおA号の実質船主は神戸の大日インベスト(旧大日海運)で運航者は日本郵船(NYK)。ACXという名は、NYKが東南アジアに配船する他のコンテナ船と同様、同社の子会社Asia Container expressに依る。
一、報告書による事故の概要
① 衝突発生と米兵7名死亡
イージス艦は6月16日午前11時30分に横須賀を出港し、相模湾での訓練を終えた後フィリピンのスービック港に向け南進中であった。
翌17日午前1時30分34秒頃、伊豆半島の石廊崎灯台から南東約12海里付近で名古屋港から東京の大井コンテナ埠頭向け東北東に航行中のA号と衝突した。
イージス艦は右舷艦体中央前部外板と水面下に凹損と破口が発生・浸水して乗組員7名が死亡、3名が負傷した。
A号に死傷者はないが、左舷船首部の水線上に裂傷破口とブルワーク部が曲損した。
② イージス艦の動き
艦長は、当初16ノットの速力・予定航路からの変更許可範囲500ヤードで航行予定であったが、機関訓練を実施する時間を作る目的で予定を変更し、夜間当直命令簿に、「20ノットの速力で4時間航行すること、変更許可範囲1000ヤードとする」指示を出した。(筆者注:1000ヤードは0・5海里)
当直命令簿には、他船との最接近距離が3海里未満になった際、艦長に報告することが規定されていて、主航海士官は午前0時30分頃に4隻の船がイージス艦の右舷から左舷に向かっていることを艦長に報告したが、特段の指示はなかった。
しかし、同58分頃に最接近距離3海里以内で航行するA号を含む3隻については、艦長に報告しなかった。また、午前1時5分頃、近いほうのD号は、確認できていたがA号については、レーダー映像が頻繁に途切れて最接近距離を得られなかった。
同1時20分頃、主航海士官は、他の航海士官から、A号と衝突するおそれがあるので減速するように進言されたが、減速しなかった。
25~27分頃には、レーダー画面にクラッターが発生してA号の動向を把握できなかった。
27分頃、主航海士官はA号とD号の間を航行するため針路200度から240度へ右転を指示したが、直ぐに撤回し、28分頃にはD号の船首方向約1・2海里を通過した。
その直後、主航海士官はA号の船首へ向かっての左転と25ノットへの増速を指示したが、いずれも実施されず、針路200度で速力19・8ノットのままでA号と衝突した。
また、27分頃にA号から照射された注意喚起の昼間信号灯には気がつかなかった。
③ ACⅩ CRYSTALの動き
27分頃、針路速力保持義務船であったA号は、イージス艦が避航する動作を取らないので、昼間信号灯を数回にわたり照射したが、イージス艦からVHF電話による応答はなかった。
しかし、A号は急速に5回以上の短音および閃光による警告信号をしなかった。
またA号は、衝突の約39秒前頃にイージス艦との衝突回避のため、右舵30度そして35度と右転を実施したが、衝突回避のための協力動作の開始時機が遅かった。なお、A号はイージス艦が左舷船首方向約0・54海里の距離に近づいた所で、軍艦であることを初めて知った。
④ 東北東に航行中のD号の動き
衝突したA号に並航して東北東に航行中のD号は、衝突発生の15分前に、約7海里半の距離でイージス艦が軍艦であることを確認し、衝突の2分半前にイージス艦がD号の船首方を1・2海里で通過した。
⑤ 北東に航行中のC号の動き
速力13ノットで北東に航行中のC号は、イージス艦から5海里の地点で軍艦だと判断し、衝突の21分前頃にイージス艦の船首方向0・6海里の距離で右舷対右舷で通過した。
二、衝突に関する私見
➀ 艦長の航行命令の無謀さ
●無理な変更許可範囲
訓練中であるか否かにかかわらず、船舶が輻輳し漁船もいたと推定される神子元島の分離航路帯の海域で、「20ノットの速力・変更許容範囲1000ヤード」はあり得ない。しかも。当初はわずか500ヤード(0・25海里)である。このような艦長命令は危険この上ない。
海上衝突予防法(国際的な航法)は針路速力保持義務船と避航義務船の双方に同等の安全航行を義務づけているが、この艦長命令は根底から航法を無視するものだ。AⅠS(船舶自動識別装置)の発信もなく船名不明の船が、深夜に減速や変針することなく20ノットで突進してくる恐怖をA号の船員は感じたことであろう。
●艦長の艦橋不在、責任放棄
衝突のおそれが発生した場合、船橋当直者が必要に応じて、すみやかに減速や大幅な変針を実施して衝突を回避することを航法は義務付けている。
本件ではイージス艦を左に見るA号が針路速力保持義務船で、イージス艦が避航義務船であるのは明白であった(第15条)。
また、相手船が衝突回避のために適切な協力動作を失敗した時点で、切迫した危険の回避のため、航法の規定によらない咄嗟の操船(第38条2項)が秒単位で要求される。こうした状況下で、安全航行が困難な命令を出しながら、艦長自身は自室で就寝とは、信じられない。
●強引な計画の立案
事故は、当日昼前に横須賀港を出港し、相模湾での訓練を終えた後、22時頃に目的地フィリピンへ向かった直後に発生した。
長距離レンジのレーダーには、神子元島沖の海域が映り、航行船が帯をなして輻輳している様子が確認できたはずだ。
浦賀水道から相模湾という最も混雑する海域での訓練に乗員は疲れていたと推測される。だが艦長は、さらに機関訓練の実施時間を捻出するため20ノットへの増速を指示した。計画に無理があったと思われる。
② 稚拙な航海士官による運航
●避航の判断について
衝突以前においても、C号と、わずか0・6海里、右舷対右舷で通過した。D号とも、同船の船首を1・2海里で航過した。
更に驚いたことに、D号とA号の間を通過するように、舵の左転と25ノットへの増速を指示していた。
そして衝突したA号とは、当初、主航海士官は右に40度変針を指示したが、直ぐに撤回し、実施の有無は不明であるが、逆にA号の船首方向に向かうよう左転を指示した。
本来であれば、衝突の21分前頃、北東に航行中のC号の船首を通過した時点で、イージス艦は右転してD号とA号の両船を避けるチャンスだったが、そうはしなかった。また、衝突2分前頃にD号の船首方向を通過した後も、右転すればA号との衝突を回避できたと思われるが、右転しなかった。
航法では、イージス艦(避航義務船)がA号(針路速力保持義務船)を避けるため、減速するか、または、右転してA号の船尾へ向けるよう求められている。ところがイージス艦の場合は全てのケースで速力を下げないまま左転することで、針路速力保持義務船の前路横断という危険な動作を繰り返した。
●レーダーの整備不良・誤操作
衝突の25分前頃にレーダー映像が頻繁に途切れてA号の最接近距離を得られず、また、衝突数分前にもレーダー画面にクラッタ―が発生してA号の動向を把握できなかった。
特定の船だけが映らないということは通常有り得ない。推測だがアンチ・クラッタ―のつまみを回して、レーダークラッタ―を消去する方法を知らなかった可能性がある。
レーダー計器の故障・不調なら、CIC(情報センター)に詰めている無線専門職の手ですぐに対応できている筈だ。
●当直士官の資格と要件
衝突時にイージス艦の船橋で指揮をとった航海士官は、衝突の4年前に士官訓練センターを経て米海軍に入った。イージス艦は2回目の乗船で、衝突の僅か5ヶ月前の1月に航海士官に就任した。衝突時に当直中の他の2名の航海士官も船橋の当直者としての知識と経験が浅く、未熟であったと考えられる。
艦長の無謀な命令や当直士官の動作から、航法の理解について大いに疑問を感じる。
③ 先輩に教わった軍艦対応
初乗船以来、先輩から繰り返し教わり、私自身も後輩に伝えてきたことは、『軍艦を見たら大きく避航して逃げろ。軍艦に近づくな』ということであった。
安全航行の鉄則は、互いに相手船を視認できる状況で、航法の衝突のおそれの規定が適用される事態を避けて、可能な限り早目に航法の適用がない位置を航行することだ。
報告書を読むと、軍艦に遭遇した際は避航し、決して近づくなという対処方法は、貴重な教訓であったと改めて思う。
④ 海上衝突予防法の適用
航法には、切迫した特殊な危険状況では危険回避のために航法の規定によらないことができる(第38条2項)、及び必要な注意を怠って発生した結果について船舶所有者や船長や船員が責任を負う(第39条)、と規定されている。
この規定から、全ての航行中の船舶は絶対的に安全な航行と完璧な衝突防止の実施が求められている。
つまり、相手船が航法の規定に明らかに違反し、自船が航法を厳守したとしても、衝突が発生した場合は、自船も何らかの航法上の過失が発生することになる。従って衝突事故の場合、法的に10対0はあり得ない。
⑤ 今後のAⅠSの発信指示
従来、米国軍艦はAⅠSを搭載しながら、平時でも受信ONで発信はOFFにして軍艦の航行情報を秘密とし、民間船舶の円滑な航行の妨げとなっていた。
衝突後に米国海軍は、平時に輻輳海域でAⅠS情報を発信するよう指示した。AⅠSは自船の存在と航行状態を他船に知らせ、船舶相互の連絡で安全航行を可能にする機器だ。
今後、米国軍艦が平時の航海でAⅠSの発信を確実に実施し、米国軍艦と周囲航行中の船舶の安全航行が大幅に改善されることを期待する。
⑥ 安全航行を左右するのは人間
平時、どの国の軍艦も、国際的な規則である航法が適用され、安全に航行して当然だ。しかし、軍艦側はしばしば想定外の航行をしてくる。
こうした食い違いが続く限り民間船と軍艦の事故は、絶えないだろう。民間船員であれ、軍艦の乗員であれ、共通に持っていた、グッドシーマンシップという共通の背景を失ってしまったのではないか。
それは、船員の常務(航法第39条)と呼ばれ、普通の船員なら誰でも知っている知識、経験、慣行を指す。
教科書や研修から知識を得ることは可能かもしれないが、経験や慣行は船の現場で個別に先輩船員から教えられ、自分で経験し学ぶ以外に方法がない。
このような現場船員の相互の情報伝達が容易なシステムの回復が今後の課題となる。
終身雇用であれ、期間雇用であれ、軍であれ、商船や漁船船員であれ、その職業で必要とされる資格および技能は各々の個人に属し、会社という法人が持っているわけではない。
今回の衝突事故は、日本のトップ企業であるNYKが運航するA号(ハウスクルー化が進み、充分な教育をうけたフィリピン人クルーを乗せていると思われる)と先端技術の塊のようなイージス艦の間で起きた。何といっても海上の安全にとってはヒトが決定的に重要であることを思い知らされる。
三、損害賠償、裁判の状況
衝突の主因はイージス艦にあることは報告書から明らかだ。
本来、衝突の双方が民間船舶ならば、法的な主因は明らかにイージス艦にあり、相手船のイージス艦に損害賠償を求める。
しかし、不思議にもA号側が米政府に30億円を支払った。
アメリカのNavy Times(2019年1月11日付)は、以下のように報じている。
『衝突で日本の海事法律事務所を介して米政府に船主と運航者(Owners)は和解(筆者注:見舞金の意味か?)の一部として約30億円を支払うと合意した。
なお、通常の和解と同様に責任や過失や義務違反や犯罪性の有無について言及していない。
この金額は船齢25年のイージス艦の586億円の修理費に比して極めて少額。7名の遺族による訴訟については現在のところ、不明のようだが、米海軍、船主、運航者などの関係者に日本や米国で法的な救済策を求めると遺族の弁護人が語った』
四、米国海軍も危機感
2017年10月23日付で出された海軍省の報告書は、イージス艦の当直者が船舶分離航路帯の存在に気がつかなかったことも含め、知識と技能の拙劣さ、未塾さをズバリと指摘している。
さらに、イージス艦とA号の衝突から2か月後の8月21日、シンガポール海峡でタンカーALNIC MC号の右側を追い越し中の米駆逐艦ジョンマケイン号が同船と衝突し、米兵10名が死亡した。
追い越し中に2軸プロペラの米駆逐艦が減速の際の操作ミスで左軸プロペラの回転数は落ちたが、右軸は落ちず、原因が分からず右往左往している間に左転してタンカー船の船首バルバスバウに衝突したのである。
事故の当日、直ちに米海軍は、安全性を確認するため全世界で米艦隊の運用中止を指示した。
地球規模での米軍拡張が兵員不足を深刻化させ、兵員を疲弊させていることが事故の続く原因と言われている。
(海事補佐人)