海員組合 森田前組合長の6億円横領
問題の本質は何処に(2)(改訂版)

組合員 竹中正陽(まさはる)

2.隠ぺい体質を上塗りする海員組合の「声明」
(1)「声明」の内容

 報道があった後の6月28日、組合は「前組合長に関する報道について」という声明とも似つかない奇妙な文章をホームページに出した。(http://www.jsu.or.jp/
 それによれば、「当組合に対する国税当局による税務調査においては、不正な資金の使用などの事実はなく、当該事象による課税処分も受けておりません」、「前組合長において合計約6億円の申告漏れがあり、当組合の関連団体の基金を私的に流用するなどして、その申告を怠っていたとのことですが、係る事実関係につきましては、前組合長個人に対する課税に関わる事実や課税処分の内容に関するもの」、「当組合は国税当局から、前組合長からもそれらの事実及び事項に関しては、説明を受けておりません。したがって、前組合長個人の課税に関する事項については、当組合としてはコメントすることが出来ません」とのことだ。

(2)国税局調査は大会前に行われた
 1章で問題点の(1)として「役員の隠ぺい体質」を挙げたが、この声明に隠ぺい体質が如実に現れている。
 はからずも「当組合に対する国税当局による税務調査」が行われたことを自ら吐露しているが、各新聞の報道には「森田組合長は、税務調査が始まった後の21年11月に『健康上の理由』で辞任した」とはっきり書かれている。
 そして、基金の実質的持ち主が組合(および実際にお金を拠出する各船会社が加盟する国際船員労務協会)であることから、国税局が大会前に組合本部に調査に入ったことは火を見るよりも明らかだ。
 このように、記事が事実とすれば(組合は各新聞社に一切抗議していない)、少なくとも大会以前の10月頃に国税局が調査に入った時点で、幹部は基金流用の事実を知ったことになる。これは大会以後人づてに流れていた話とピッタリ一致する。したがって、基金流用の事実を知りながら、それを隠すために前組合長を辞任という形で放逐し、事の隠ぺいを図ったと疑わざるを得ない。
 組合役員は我々組合員に対して、大会前にどのようなことが起きたのか、また税務調査の結果どのようなことが明らかになり、どのように収拾されたのか、すべてを明らかにしなければならない。
前記したように、これは組合民主主義以前の問題で、組合員に対し、物事の是非を判断するために必要な情報(組合役員にしか分からない情報)を正確に伝えることなしには組合民主主義が成り立たない。その前提となるものである。
 ※森田前組合長は、2021年11月に神戸で開かれた全国大会に初日から欠席した。前日の全執行部員が参加する執行部全体会議にも出ておらず、大会初日の冒頭から本来組合長が座る席には、田中副組合長ら「組合長代行」が座っていた。
 そして午後の会議の冒頭、いきなり役員選挙委員長が「昼に森田組合長から辞任届が出された。規約により組合長補充選挙を行う」と発表し、30分後に立候補が締め切られて現松浦組合長ひとりが立候補、信任された(羅針盤35号)。
 立候補権を有する現場組合員が立候補できないこの選挙は、完全な規約違反であるにもかかわらず、幹部も現場代議員も一切異を唱えなかった。役員選挙委員長からの発表というのも奇妙な話だが、辞任に関して役員の発言は一切なく、後に船員しんぶんで「健康上の理由」と一言記されたのみであった。

(3)基金の実質的持ち主は組合
 「声明」は「当組合の関連団体の基金」というが、白々しい限りだ。
各新聞記事は、国税局が基金流用の流れを調査した結果、基金の財布を握っているJSS(全日本海員福祉センター)を通じて森田個人に渡っていたことを突き止めた旨を図解入りで報道している。

(共同通信などの報道より)

 組合が大会で承認を受ける活動報告書によれば、国際船員労務協会との間で各基金の管理委員会を毎年1回?開催し、予算・使途・会計報告・監査報告が行われている。(最新の2022年発行活動報告書の場合、計8種類の基金が記載され、うち5つを2月22日、3つを7月14日にまとめて行っている。P19)
 このように、基金の実質的持ち主が組合(および船主団体の国際船員労務協会)であることは明白で、「関連団体の基金」ではなく、「組合の基金」なのである。
 したがって、記事が事実とすれば、組合は基金を横領された被害者であり、「コメントできない」どころか、被害金額を組合員(とりわけ非居住特別組合員に対して)に明らかにして直ちに告訴しなければならないはずだ。他人事は許されない。

(4)JSSについて
 JSSは、組合と国際船員労務協会が作る基金管理委員会の指示により出金を行っていたが、基金の持ち主ではなく、管理委員会から会計事務を「受託」していたにすぎない。
 それは事業報告書や決算報告書で明らかにされている。事業報告書には、①外国人船員福利基金、②RPP基金、③SPF基金、④OBT基金、⑤Training Levy 基金の5つの基金の会計業務を「受託している」旨記され、決算報告書にも基金に関する収支の記載はない。
 つまりJSSは基金管理委員会(又はその役員)の指示で出金したり、教育・訓練や海事広報活動を業務として受託しているにすぎない。
 但し、JSSは組合が作った団体で、森田前組合長はもちろん、松浦現組合長、田中副組合長ら歴代役員が会長や理事長を務め、理事や評議員は組合執行部・職場委員・海友婦人会が占めている(以上、JSSホームページ)。
 組合の完全子会社とも言える団体が会計業務を受託しているにもかかわらず、金銭横領が6年間にわたり続いていたことは、歴代役員の責任問題となる。
 ノーコメントの姿勢に対し、やましいから隠しているのだ、他の役員も一蓮托生ではないか、等の疑問を持つ組合員もいる。他人行儀で済まされるものではない。管理委員会の実態と基金流用の流れ、JSSの体制上の問題点が組合員に明らかにされる必要がある。

(5)被害者は全組合員
 今回直接被害を被ったのは外国人船員=非居住特別組合員である。彼らのために使用される基金に少なくとも6億円の穴が空いてしまった。この損害は誰が弁償するのか、賠償請求は誰にすればよいのか。「声明」は、自己の組合員が多大な被害を被ったにもかかわらず、他人事に終始している。非居住特別組合員を馬鹿にして、軽く見ているとしか思えない。
 以前森田組合長が中執の時、関西地方支部の会議の席上で、「フィリピン船員組合のキャプテン・オカ議長が逝去し、同族企業だから息子が後を引き継ぐが、担ぐ神輿が変わっただけでこれまで通りコントロールしていくことに変わりはない」と蔑む発言をしたとされるが(渡邉長寿執行部員の裁判記録、励ます会ニュース5号)、その体質が役員全体に広まっているようだ。
 外国人であるとないとにかかわらず、組合員が被害を受けた以上、組合は直ちに全容解明して組合員に報告し、補償など措置を講じなければならないはずだ。
 また、報道によれば、今回流用されたのは「外国人船員の福利厚生に充てる基金」だが、福利厚生に関する基金は沢山あり、どの基金かは特定されていない。
 後述するように、基金の種類と額は外国人船員の賃金交渉であるIBF交渉により決められる。海員組合が関与する9種類の基金の一つである「新日本人船員・海技者育成基金」は日本人を対象としている。これは、元々日本人のものであった職場を外国人に引き渡した対価と言えるもので、日本関係船舶に乗船する外国人船員ひとり一人に拠出義務が課されている。したがって日本人に関係ないで済まされるものではない。
 それ以前の問題として、何よりも、非居住特別組合員は職場の同僚であり、同じ組合の仲間でもある。彼らが声を挙げられない状況に置かれていることは、日本人船員が重々知っていることだ。特に外航の組合員、職場委員の皆さんには、同じ釜の飯を食った仲間として声を挙げて欲しい。


(続く)

海員組合 森田前組合長の6億円横領
問題の本質は何処に(1)(改訂版)

組合員 竹中正陽(たけなか まさはる)

衝撃のニュース
 6月20日、共同通信が「海員組合森田前組合長が6億円を着服、国税局が2億円以上の追徴課税」と配信した。NHKテレビのニュースウォッチ9を皮切りに、朝日、毎日、日経を始め各地方紙で報道され全国に知れ渡った。
 前組合長は、2021年11月の定期全国大会冒頭から欠席し、同日昼に辞任届が出されたと大会場で突如発表された。大会後の機関紙船員しんぶんで、辞任は健康上の理由とされた。
しかし昨年来、「国税局が、大会前に六本木本部に乗り込んで調査し、ことの概要を把握。追徴金徴収のため組合本部とやりとりを重ねた結果、前組合長が一定の額を納める形で決着した」との噂が流れていた。人の口を封じることはできない、悪事はいつかバレルと言われるが、昨年から漏れ伝わっていた話は本当だったのだ。
 今のところ森田前組合長ひとりの問題であるかのようだが、そんなことがあるのだろうか。これほど多額な出費を財政担当の副組合長や担当中執が知らないはずはない。仮に知らなかったとしたら、そのこと自体大きな問題だ。人づてに伝わってきた話はもっと深刻で、6億円は氷山の一角に過ぎず、根はもっと深いはずだ。

1.3つの問題点
(1)役員の隠ぺい体質

 ニュースを見る限り、問題は大きく3つあることが分かる。
 一つは、三役中執などの役員が組合員に対し、全てを隠ぺいし、何も明らかにしてこなかったこと。当時55歳で、定年まで5年も残していた前組合長が、組合長職こそ辞したものの、その後休職したのか、それとも組織内で何かの職に就いているのか。退職の有無さえ明らかにされず、全ては闇の中にされた。ましてや「健康上の理由」による辞任とは、白々しい限りだ。
 今からでも遅くない。組合本部は前組合長が「辞任」した真の理由、また今回報道された内容について、いつ、何の基金から、幾ら、どのようにして着服が行われたのか。国税当局とのやり取りを含め、誰がどのように関わったのかを、組合員とりわけ非居住特別組合員に対して包み隠さず明らかにしなければならない。組合民主主義を持ち出すまでもなく、それが組合員に対する義務であるはずだ。
 過去十数年にわたる役員間の抗争や卑劣な人事、数々の裁判闘争等を経て、下部執行部員や職場委員、全国委員は大人しくなり、役員への批判や突き上げは皆無となった。現場組合員は沈黙を続け、怒りから諦めの境地に陥っている。こうした風潮が幹部を増長させ、独裁・傲慢・隠ぺい体質がはびこり、民主・平等・公開・現場参加型の組合活動からますます遠ざかっている。ここに大きな問題がある。

(2)基金運営の闇
 今一つは、今回の業務上横領ともいえる事件が、外国人船員(≒非居住特別組合員)のための基金から生じたことにある。
 年200億円を超えると言われる外国人船員用の基金は、1994年に設立された外国人船員福利基金に始まる。近年、基金の種類は増加の一途をたどり、労働組合が関与する基金は10種類にのぼる(10種類のうち日本の海員組合が関与する基金は9種類)。
 他にIMOやフィリピン政府に納められる公的性格の基金などが9種類ある(基金の詳細は後述)。各基金の額も増加しているが、海員組合が基金を勝手に使用することはできず、原資を拠出する船主団体国際船員労務協会との間の管理委員会で使途が決められ、その承認を得て組合傘下のJSS(全日本海員福祉センター)が送金等を行うことになっている(はずだ)。
 そして毎年、会計報告、監査報告が行われていることになっている。管理委員会やJSSの役員も海員組合の役員が兼任している。しかし、基金の年間収支や残高などの数字は一切公表されず、全ては闇の中だ。
 そもそも基金の原資は、船会社が外国人船員に支払う毎月の給料等のために用意したお金である。「給料等」と書いたのは、本来給料になってしかるべきところ、かなりの額が基金に回されるシステムがいつの間にか構築されてしまっているからだ。
 外国人船員の賃金は、原則2年に1度、海員組合側と船主団体側の労使交渉により協定される。定員23名のモデル船舶を想定した一隻当たりの総支出額(TCC=トータルクルーコスト)が決められ、さらにTCCは賃金部分と基金部分に分かれる。
 基金部分はTCCの何パーセント以内(年々増加し、現在は19%にものぼる)と決められ、職種毎に船員ひとり当たりの各基金への拠出額が決定される。残りの賃金部分が船長以下各職種に振り分けられ、各人の基本給や時間外手当額が決まる。
 このようにして決定され、集められた膨大な基金が、いつ、どこで、何のために使われ、幾ら残っているのか、一切明らかにされないシステムになっている。これが第二の問題だ。当の非居住特別組合員も、われわれ日本人組合員も、全く蚊帳の外に置かれている。

(3)無権利状態の外国人船員
 組合の最新発表によれば、日本人組合員約2万人に対し、非居住特別組合員は約5万9千人。常時2500隻にのぼる日本の外航船舶は、2千人の日本人船員と5万3千人の外航非居住特別組合員の手で運航されている。水産関係の非居住特別組合員5800人を加え、今や日本人の生活は約6万人の外国人船員により支えられていると言って過言ではない。
 これを組合費で見れば、組合費収入約41億円のうち、非居住特別組合員の組合費は27億円強で、2/3を占める。外国人船員がいなければ、百数十人にのぼる組合役職員の給料も、本部会館の改修費もまかなえない。海員組合自体が外国人船員により支えられているのだ。
 そして、日本人の組合費は一人平均月5700円(外航7000円、国内6100円、水産4200円)に対し、非居住特別組合員の大多数を占めるITF関係協約適用者の組合費は月40米ドル=5600円だ(1ドル140円として計算)。
 日本人と同等の組合費を納めているにもかかわらず、非居住特別組合員に与えられた権利は「担当組合機関に対し労働協約について意見を述べ、または苦情を申し立てること」(非居住特別組合員規則)に限定され、他は組合の共済給付を受けたり、組合施設を利用できるだけである。
 彼らには、船内委員会を作って要求を出すなどの船内活動は保障されておらず、賃上げ交渉に際して組合要求を決定する場に参加して意見を言うこともできない。役員に立候補する権利はおろか、代議員制度すらなく、収めた組合費の会計報告さえない。そのような、ごくあたり前の組合活動に参加できるシステムが一切ない。
 こうした外国人船員の無権利状態が、本来自分たちのために使われるはずの基金が長年にわたり着服されていた問題の根源にある。


(続く)

「海員組合の前トップが基金流用 東京国税局、6億円申告漏れ指摘」【共同通信記事】

6月20日、共同通信が海員組合森田前組合長の6億円着服、国税局が2億円以上の追徴課税を徴収と配信。NHKテレビのニュースウォッチ9を皮切りに、朝日、毎日、日経を始め各地方紙で報道され全国に知れ渡った。

<共同通信ニュース>

海員組合の前トップが基金流用
東京国税局、6億円申告漏れ指摘

海運業の労働者らで組織される労働組合「全日本海員組合」(東京)の森田保己前組合長(57)が東京国税局の税務調査を受け、2020年までの6年間で計約6億円の申告漏れを指摘されていたこと20日、関係者への取材で分かった。組合の関連団体の基金を私的流用するなどしていたが申告していなかったという。追徴課税は重加算税や過少申告加算税を含め、約2億円以上とみられる。

関係者によると、森田氏は組合関連の財団法人が管理する外国人船員の研修などの福利厚生に充てる基金の一部を使い、貴金属や高級腕時計を購入しており、東京国税局は実質的な給与とみなしたとみられる。

基金の原資は組合と労働協約を結んだ船舶に乗る外国人船員の組合員が拠出したもの。内部の規定では使途の詳細について組合員への報告義務はなく、管理が不十分な状況が続いていたという。

また森田氏は組合の代表部があるフィリピンで、船員向けの宿泊施設などを建設した際に、現地の業者からのリベートを自身の海外口座で受け取っていたことも税務調査で判明した。

羅針盤 第39号 (2023.3.20)

目次

内航おしゃべり広場 ⑯ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 内航船員

漫画・内航おしゃべり日記 その7 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ トーヤク 

おおすみ裁判をふりかえって ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大内 要三

モーリシャス WAKASHIO事故、その後(3) ・・・・・・・・・・編 集 部

知床遊覧船沈没事故、行政の責任2 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 高橋 二朗

月刊誌内航海運12月号の記事(不公平さが指摘される全日海役員選挙)より

船員働き方改革の問題点 その2 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 編 集 部

「船員の人権を守る会」発足へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 編 集 部

新刊本の感想、増島忠弘著ジーマ・キャプテンの おっとびっくり航海記 ・竹中 正陽

船員にこだわる物言い(雨宮洋司著)総目次、感想文 ・・・・・・・官庁勤務船員ほか

編集後記
(表紙漫画・故中山かおるさん「海に笑いの波が立つ」1982年発行より)

「羅針盤」冊子は下記リンクからPDFで一括ダウンロードできます。